【左の腕】松本清張を、読んだ感想!

松本清張作品初期の時代物である。

初出「オ-ル讀物」一九五八年(昭和三三年)六月号

新潮文庫「佐渡流人行」

十手持ちの小悪党に目を付けられた、親子の行く末を描いた心温まる人情時代劇。

~左の腕とは飴売り(卯助)が隠している左腕のことです。

(卯助)の左腕のことで物語を推し進めていきます。~

≪あらすじ≫

江戸で子供達に飴を、売って生計を立てている老父・(卵助)は、

美人で気立てのいい娘・(おあき)と慎ましい生活を送っていた。

飴を作ってもなかなか売れず飴は、たいてい売れ残ってしまう。

ある時、深川の料理屋、、松葉谷で働く板前の(銀二)から、

「(卯助)の髭のはやした年寄りが、飴に臭い息を吹きかけるのを見れば

たいていの親が、嫌がり、子供達に飴を買わせないようにするのも無理はない。」

と言われ納得をするしかなかった。

板前の(銀二)の口利きで、二人は松葉谷に雇い入れられることになり

(卯助)は下男として

(おあき)は女中として、働き始める。

住み込みの女中となった(おあき)の真面目な働きぶりは、

内儀の(お政)の目にもとまるほどで、苦労しているせいか、(おあき)は、すべてにいきとどいていた。

父親(卯助)も、下男として黙々と働き、住み込みは断って長屋で一人暮らしをしていた。

しかし、親子にしては歳が離れていることが皆たちの噂の種になっていた。、

また(卯助)が、常に左のうでの下を、白い布で隠していることもうわさの種になっていた。

ある日、松葉谷に常連の目明し(麻吉)がやって来た。

実は、(麻吉)は目明しでありながら、

松葉谷で秘密に行われている賭博を見逃す代わりに金をせしめていたのだ。

この、麻吉は(銀二)に言わせると、狐野郎なのである。

陰では威勢の良い(銀二)も、(麻吉)の前では、からきし意気地無しである。

(銀二)同様、(麻吉)も(おあき)に目をつけていた。

(麻吉)は(卯助)の過去を知っているようだ。

(卯助)の左腕の秘密である

それは、(卯助)も(麻吉)の過去を知っていることでもある。

ある日、松葉谷に押し込み盗賊が入った。

内密にしていた賭博を、押し込み盗賊は知っていたのだ。

(銀二)の知らせで、戸閉まりの樫の棒を持って松葉谷に(卯助)が駆けつけた。

(卯助)が盗賊との争いを樫の棒で叩きのめしてしまった。

隣の部屋の盗賊の一人が声を上げた。

「むかでの兄い!俺だ、俺だ。上州の熊五郎だ。」

(卯助)はじっと見ていたが、

「うむ。違えねぇ。おめえは熊だ、珍しいところで会ったの?」

「面目ねえ。」

と(熊五郎)は頭を掻いた。

押し入り盗賊の(熊五郎)その場の隅に縮こまっている(麻吉)がいた。

(麻吉)に目をやりながら(卯助)が話を続けた。

(麻吉)と(卯助)の立場は逆転してしまった。

(卯助)が《人間、古傷でも大威張りで見せて歩くことだね。

そうしなけりゃ、己が己に負けるのだ。

・・・・・・・・子供は、いい。子供は飴の細工だけを一心に見ているからな》

《私の思い》

~(卯助)左腕に悪人の烙印を、押されてしまった。

本当に烙印を押されたから悪人なのだろうか?と

改めて考えてしまった。

人の弱みに付け込んでくる目明しの(麻吉)

(麻吉)は、欲のためならどこまでも、どこまでも追い詰めてくる。

結局、(麻吉)は事件に巻き込まれ、目明しとしてもやっていけなくなると思う。

人間、悪党と善人とは紙一重のような気がする。

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