
《あらすじ》 ④
マドレ-ヌ氏を乗せた馬車がアラスに着いたのは、その日の夜の八時過ぎでした。彼は裁判所に駆け付け、裁判はすでにはじまっていて傍聴席は満員でした。特別傍聴席から、マドレ-ヌ氏が急に立ち上がり法廷へ進み出ました。その顏は青ざめ、手も足も震えていました。「裁判長、この被告を放免してくださるようお願いします。

ジヤン・バルジャンは、このわたしです。」人々は息をのみました。誰もがあっけにとられたままでした。水を打ったように静まりかえった法廷の中で、ジヤン・バルジャンは、頭を下げて再び言いました。「片づけなければならない用事があります。わたしの住所については、検事殿がよくご存じのはずです。いつでも係官を寄越して下さい。」そう言って、彼は法廷の外に出ました。
マドレ-ヌ市長はフアンティ-ヌの病室に入り、やつれはてたフアンティ-ヌの寝顔を痛々し気に見つめていました。

しかし、マドレ-ヌ氏の髪も一夜のうちに真っ白になっていました。やがて、フアンティ-ヌは目を開け、マドレ-ヌ氏だと分かると力ない声ながらも「あの、コゼットは・・・コゼットはどこに。」マドレ-ヌ氏はとまどいどいながら、ちょうど折よく、そのとき医者が入ってきて、かわって答えてくれました。「まあ、おちつきなさい。子どもはあちらにいますよ。」フアンティ-ヌは、やっきになりましたが、中庭の方から女の声がしました。
ジャヴェ-ル刑事が、いつもの冷ややかな表情の裏に隠しきれない、勝ち誇った顏で立っていました。

フアンティ-ヌは、悲鳴をあげ「市長様、助けて下さい。」「うるさい!市長などというものは、もういないのだ。ここに、いるのは、ジャン・バルジャンという泥棒だ!こうして捕まえにきたのだ!」ファンティ-ヌは、ジャン・バルジャンとジャヴェ-ル刑事を代わる代わる見つめ両腕を前に突き出したと思うとそのまま、がっくりとつっぷしてしまいました。フアンティ-ヌは、死んでいました。ジヤン・バルジャンは、「あなたが、この人を殺したのです。」ジャヴェ-ルは、ジヤン・バルジャンを、警察の留置場に入れてしまいました。
ところが、その晩のことでした。マドレ-ヌ氏の家の門番をしている老婆が、酷くがっかりしてしまって、門の脇の小窓のきわに座っていたときでした。突然、窓があいて一本の腕がにゅうっと差し込まれました。老婆は洋服の袖がマドレ-ヌ市長だと分かりびっくり仰天して叫びました。「すまないが、サンプリンス修道女を呼んできてくれまいか。」老婆にとっては、マドレ-ヌ市長は今でも神のような人だから頼まれると直ぐに誰にも気がつかれないように、気をつけて修道女を呼びに行きました。
マドレ-ヌ氏は自分の部屋で一枚の紙に何か書きはじめました。

やがて、扉がノックされサンプリンス修道女が顏は青ざめ目は真っ赤でした。マドレ-ヌ氏は、何か書いた紙きれと金の入った包みとを修道女に渡して言いました。「部屋に残していくものは、全部お任せいたします。フアンティ-ヌはの葬式の費用と、金が余ったら貧しい人にめぐんであげて下さい。」丁度そのとき、門のあたりが騒がしくなりました。門番の老婆に「うそつけ!二階に明かりがついているじゃないか!」と乱暴に怒鳴っているシャヴェールの声でした。マドレ-ヌ氏は、急いで部屋の隅に身を隠し修道女はテーブルの傍らにひざまずきました。それと同時に扉が押し開かれシャヴェールが踏み込んできました。「失礼ですが、この部屋に誰もいませんでしたか?」「はい、わたくし以外どなたもおりませんでした。」と、修道女は、よどみのない声で答えました。さすがのシャヴェールも、神につかえる修道女を、それ以上疑うことはできませんでした。
それから二時間ほどたった頃、モントル-ユの町からかなり離れた林の中を、何か重そうな包をかかえた男がさぐるようにしながら歩きまわっていました。
それから四日目、ジャン・バルジャンは、もとのツーロン刑務所へ再び送られました。

それから間もない、1823年の秋、ツーロン刑務所で奇妙な事件が起きました。長い航海で船体のいたんだオリオン号という軍艦が修理のためにツーロン港に入ってきました。

船の荷物の積み降ろしなどの作業には、刑務所の囚人たちも使われていました。ところが、ある朝オリオン号を見物しに集まっていた人々の目の前で恐ろしいことが起きました。オリオン号の船上では水兵たちが忙し気に立ち働いていましたが、何人かでマストに帆をはろうとしたとき、その中の一人が足を滑らせて真っ逆さまに下に落ちかけました。マストから垂れていたロープに素早くしがみつき、宙ぶらりんにぶらさがりましたが、そこは、かなり高いところで、しかも下は深い海でした。水兵は、ぶらんこのように揺れるので必死になってロープをよじのぼろうとしましたが、だんだん疲れ、やがて二本の腕がだらりとのびきってしまいました。そのとき、突然、一人の男が、猿のような身軽さでマストをするするとのぼりだしました。男は赤い服をきており、緑の帽子をかぶっているので無期懲役の囚人と思われました。たちまち男はマストの頂上までのぼり、手にしていたロープの端を結びつけて下にたらしました。ぶら下がった水兵に近づくと、ロープの端をそのからだにゆわえつけました。驚くほどの力を持ち、身の軽い囚人は水兵を抱きかかえてマストをおり、下で待っていた人々に渡しました。

(ほっと)した人々の喚声(かんせい)が波止場をうめました。囚人は何事もなかったように仕事にかかろうとしたとき、不意に男はよろめきました。ところが、さっきの離れ業でつかれたのか、彼の体は真っ逆さまに海におちました。人々は、直ぐにボートを出し、辺り一帯をくまなく捜しましたが死体は見つかりませんでした。
あくる日のツーロン新聞には1823年十一月十七日、昨日オリオン号上で作業中の囚人の一人は、一人の水兵を救助してもどる途中謝って、水中に落ち溺死(できし)した。その死体は発見されなかった。囚人の名はジャン・バルジャンという。1823年のクリスマスの晩は、小さな田舎町のモンフェルメイュでも賑やかでした。居酒屋も兼ねているテネルディエは、宿屋では行商人など大勢の客が集まり、酒を飲んでいました。テナルディエは自分も酒を飲み、口論したり、何か大声でわめいていました。
コゼットは、着ているのはおんぼろの服、素足には木靴をはいていました。そして調理場の隅に腰を、おろして、テナルディエの娘たちのための靴下を編んでいました。暖炉のそばの壁には、革のむちがぶらさがっていました。行商人らしい男が入って来て、馬に水をやってくれ、と言いました。「さあ、水だよ。水をくんどいで!」と、おかみがコゼットに怒鳴りました。コゼットは思わずぶるっと身を震わせて立ち上がり自分の体より大きいくらいの水桶をもちあげました。「それから、帰りにパンも買っといで。ほら、お金だよ。」コゼットは、お金をエプロンのポケットにいれましたが戸口まで出てたたずんでしまいました、暗い森の中に行くのが怖くってなりませんでした。「早く行っといでよ!」と家の中からおかみが怒鳴りました。クリスマスの夜なので通りは明るく賑やかで、コゼットがほしくってたまらない人形もならんでいる夜店もでていました。

しかし教会の前を過ぎると道は急に暗くなり、家々の戸の隙間からほんのかすかな明かりがもれるだけで、やがて家なみもとだえ、周りはには真っ暗な野原が広がるばかりでした。森の中は、真っ暗でしたが、泉の小道は通いなれているので迷うことはありませんでした。昼間するように前かがみになって左手でかしの木をさぐり、それにつかまって桶を泉に浸したときエプロンのポケットからお金が泉の中にころがったのもコゼットは気がつきませんでした。水が入った桶をもち上げると、草の上に置きそのまま体が怖さで動かなくなりました。大きな声をだして一・二・三と数えながら歩くと細い痩せた腕は肩からちぎれそうになりました。コゼットは、寂しさと悲しさが、どっと胸に溢れて桶の水などそこへぶちまけたい思いでした。けれど、水をくんで帰らなかったらおかみさんに、壁にかかってある革のむちで、思い切りひっぱたれるにちがいないと思いコゼットは、声を上げて「神様!神様!」と叫びました。と、どうしたことかさげていた桶が不意に軽くなりました。

誰かの大きな手が一諸に桶の柄を持ってくれていました。背の高い男の人が並んで歩いてくれていて、コゼットはすこしも怖いと思いませんでした。

(コゼット)の気持ちを思うとやり切れない思いになります。⑤では、(コゼット)がジヤンバル・ジヤンに出会い、(コゼット)の人生も大きく変わってきます。そして、ジャンバルジャンにも、新たな生き甲斐がうまれます。⑤を、楽しみに宜しくお願いいたします。
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