【すぐ死ぬんだから】内館牧子を、読んだ感想!(最終章)

ハナは、薫にたいしても岩太郎にたいしてもムカつく気持ちしかありませんでしたが、不思議と二人の親子の絆を認められるようになっていきました。
ハナは、残りの人生を模索するようになってきます。   

《 あらすじ 》

岩太郎から電話が来たのは、それから一週間ほどたった時でした。
「母には内緒なんですが、二人でお会いできないでしょうか」
ハナは、
「もう、お宅とはまったくの無関係なんですよ。見知らぬ他人です」
柔らかく言って、電話を切りました。

二月に入ると寒さは一層厳しくなり、昨日から雪が降り続いています。
電話が鳴り、高校時代の同級生、同期会でジイサンめいたロクちゃんからでした。
「突然ごめんな。名簿を見て番号分かった。明美が死んだ。風邪をこじらせて肺炎だって」

ハナは、明美が、認知症の雅江より先に・・・・・死んだなんて。
「明美、死んじゃったか・・・・・」
缶ビールを片手に、口に出して言いました。
二缶目のビールを取りに立ち上がると、電話が鳴りました。
「しっこくてすみません。どうしてもご相談があり、三十分でもお会いできないかとお電話しました」岩太郎からでした。
「そう。いいわよ、会うわ」
あまりに簡単に了承したので岩太郎が
「え・・・・・」絶句しました。
じきに白い箱に入るという結末が近い年代は何にでも、動じなくなります。
約束の夜、岩太郎は新宿のフレンチレストランを予約していました。

カウンターと個室が二つの小さな店で岩太郎の行きつけの店らしいです。
新宿のまん中だというのに、個室には天窓がありました。
岩太郎は相談事があったはずなのに、いっこうに切り出しません。
ハナは、仕事の話ばかりを聞いていました。
岩太郎は、グラスのワインを飲み干すと、
「実はご相談があります」
岩太郎は唐突に言いました。

「誰にも話していないのですが、カンボジアのアンコールワットをご存知ですか。建築専門家として、保存修復の仕事に一生をかけて僕は天職を捨てたくありません」
そう強く言い切った後で、おどけたように
「アブサラ機構に入れるかわかりませんが、それまでは預金を取り崩して暮らします。物価は、安いし独身です。何とでもなります。」
この(何とでもなる)という思いは、若者と老人のものです。
若者は(切り拓くから何とでもなる)と思い、老人は(すぐ死ぬんだから、何とでもなる)という思いです。
岩太郎がここまで覚悟しているということは、母親の問題はあっても、腹はすでに決まっているということです。
それっきり、岩太郎からは連絡がなく、ハナも思い出すことはありませんでした。

夕食をすませ、風呂に入ろうかとおもっているとドアチャイムが鳴りました。
妾でした。

ドアを開け、致し方なく笑顔を見せました。
「お伺いしたいことがございまして」
静かな目をしていました。

リビングで岩太郎のカンボジアの話になりました。
「カンボジアの話はすぐに賛成しました。失敗したら自己責任です。また自分で新しい道を切り拓けばいいだけのことです。ただ、偶然新宿のお店夫婦からラインが来まして年配のすてきなご婦人と一諸でした。銀色のネイルがお似合いで」
妾はすぐにハナと分かりました。
「岩太郎とは、以前から何度もお会いになっていらしたのでしょうか」

ハナは、
「二人でお会いしたのは、今回が初めてです。息子さんはすでに決心していて、あとは背中を押してくれる人と会いたかったんですね」
妾は、深々と頭を下げて玄関に向かいました。
妾が帰ったので、ビールでも飲むかと立ち上がると電話がなりました。

孫の雅彦からでした。
薬局のバイトで、高齢者の膝痛にいいのだとサプリメントをもらったといいます。
たぶん飲まないけれど、わざわざ言って来た孫が可愛くって
「すぐに送って!」とせかしました。
そして、岩太郎の決心と、妾が訪ねて来たことを話しました。
「祖母(ばあ)ちゃんの話を聞いていると、老人はフェイドアウトする意識がすげぇ大事ってわかるよ」
「何だよ、それ」
「うーん、衰退だな。それを意識するのは前向きなことだよ。明日おくるから。マジお金いらないよ。ほんと、マジに気使わないで」
まったく、金遅れと言っているのと同じようなものです。
衰退は、夕陽が少しずつ暗くなって、沈んでいくようなものなのなんだろうか。

その前に、太陽はさんざんぎらぎら輝いて、それから夕陽になって、人間の一生も同じなんではないかと思ってしまいます。

三月に入ると、留守番電話に岩太郎の声が残っていました。
「七月にカンボジアに移り住むことに致しました。
四月上旬に会社の残務整理に帰国してご挨拶に伺います。どうか母をお許し下さい」
こうやって、若い季節を自分で切り拓く人間は、他人をやっかみもいじめもしないし、それだけでいい人生です。
ハナは、ベットに入ってからもこれから後の生き方を考えてしまいます。
どうせすぐ死ぬとはいえ、確かにまだ生きています。
先はないのに、先は長いです。

ハナはベットの中で確りと目を開け、天井をみつめながら考え続けました。
窓の外が薄っすらと明るくなるまで、まったく眠れず、何の妙案も浮かびませんでした。
三月も中旬も過ぎ、何もやることがありません。
雪男の店に行きました。
いづみが「お祖母ちゃんに今電話しょうと思ってたとこ。あがって、あがって、ママがね、絵をやめるって言うから、もったいないって言ったの。で、パパがアィデア出したの」

店のカウンターのある壁に由美の絵を並べて飾ろうというのです。

night scene of autumn forest,fantasy landscape painting

レジの奥の壁を塗り替えたり、照明をつけたり、絵を描ける準備などはすべて閉店後に行われました。由美が主張したからです。
「突然パッと画廊があらわれる。そういうサプライズで、お客様に印象づけたいんです」
いよいよ絵を掛けるだけになった日、由美は仙台から雅彦をよびました。
閉店後のその作業を、苺も手伝いに来ました。
苺は一切手を出さず、いつでも口だけでした。
雪男が、唐突に
「そうだ、このカウンターで角打(かくう)ちやればいいんだ」

「角打ち」とは、酒屋がその店内で立ち飲みさせることでした。
だが、「角打ち」と聞いて由美があわてました。
「私、絵を描くから無理。接客とかできない」
雪男が
「ばか、お袋がやるんだよ」
[え!ッ?]
私と同時にみんなが叫びました。
次の瞬間、苺が手を打ちました。
「雪男、それ最高。最高のアイデア!」
雪男がいかにも(家長)というように言いました。
「今、角打ちがすごく増えてんだよ。本もでてるし。うちは、店の酒や缶詰をだせばお袋も楽だ」
ハナは、じきに七十九になりますが得意の酒でやりたくってゾクゾクしました。
皆の拍手と歓声でハナは、

「由美さんの絵を見せるのが第一の目的なんだものね。やるか。うちの角打ちは(画廊)って名にしょう」
また、拍手と歓声が上がり雅彦はピーピーと口笛まで鳴らしました。
由美は頬に手を当てて身をよじってます。

雅彦が、
「仙台には(泪割(なみだ)わりってのがあるんだよ。サンズイに目とかくんだ。ワサビを入れたハイボール。仙台のママが惚れた客に泣きながら作ったとか伝説色々。本当は本ワサビだけど角打ちだからチューブでいいよ」
雪男が
「泪割りはうちの目玉だな」
「仙台では、焼酎の泪割りも人気だよ」
と雅彦が言いました。
缶詰をつまみに、誰もが泪割りにここちよく酔っていました。

ハナは、残りの人生、先のない人生に向かい、(やってやる!)とつぶやきました。
いよいよ、明日が(角打ち・画廊)の開店という前夜一人でカウンターに入ってみました。
雪男夫婦は商店の集まりでいません。
シャッターを、降ろした店内で、そろそろ帰るかと思った時、シャッターをコッンコッンと叩く音がしました。
「どなたですか」
シャッターを開けずに問うと岩太郎でした。

「マンションにお電話しましたらお留守で。シャッターの隙間から灯(あかり)が見えたもので、いらっしゃるかなと」
ハナは岩太郎を店内に招き入れました。
由美は明日のサプライズに、こだわっているので道行く人には気づかれてはいけないのでまたシャッターを降ろしました。
岩太郎は深々と頭をさげました。
「ありがとうございました。会社も円満退職でき、正式にカンボジアに移ります」
「おめでとう。思いっ切り、やんな。そうだ、客の第一号で飲んできなよ」
「え?客?」
ハナは、グラスを用意しながら、(画廊)の話しをしました。

岩太郎の前で、缶入りハイボールのグラスにワサビを落としマドラ-を添え勧めました。
「泪割り、サンズイに目」
「・・・・・いい名前ですね」
ハナは自分のグラスを上げました。
「僕と・・・・・乾杯して下さるんですか」
「最近、めっきり菩薩がかかってるからね、私」
今、思えば泪も喜びも、怒りも妬みも、何もかもが遠い夢、幻に思えてきます。
出会った人も別れた人も、通りすぎた何もかもが、楽しい道草のようでした。

《 わたしの 感想 》

テンポがよく、グイグイひきこまれました。
主人公は七十八歳の女性ハナさんです。
(人は中身より外見を磨かなければ)
実年齢より若くみえることを、常に意識してお洒落に抜かりがありません。
ある日、突然夫が倒れたところから、夫の裏の部分が分かります。
人生は、色々なことが起きます。
ハナさんではないですが、何もかもが遠い夢、幻にみえることには納得できます。

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