
~【張込み】は、昭和30年12月(小説新潮)に
掲載されました。~
~【張込み】は、推理小説の部類に入りますが、ごく平凡などこにでも
~いるような人物です。~
~平凡な人間の気持ち・言動が、平凡でないような描き方で
迫ってきます。~
《あらすじ》
東京の目黒のある重役の豪邸で、強盗殺人事件が発生しました。
中々犯人の手掛かりが掴めず、偶然、路上で引っ掛かりました。
そのうちの一人、山田(28歳)には前科があったことから、
ほどなくして山田は逮捕されますが、強盗については認めたものの
殺人については否認します。
二日後、共犯者がいたことを告げます。
被害者を殺害したのは、石井久一(30歳)独身、の男であることを供述します。
山口県から東京に出て来て、商店の仕事を失職し、日雇い人夫をしたり、
血液を売ったりしていました。
石井久一という男で、山田と石井は飯場で知り合いました。
石井は、「さだ子という九州にいる昔の女の夢をよく見る」と
山田に話していました。
捜査にあたっている警視庁捜査一課の刑事・柚木隆雄刑事は、山田から
「昔の女に会いたい」と、時々口にしていた情報を得ましたが、
他の刑事たちは気にも留めていませんでした。
(石井は必ず、さだ子に会いにくる)と踏んだ柚木刑事は、
上司に自ら願い出て、一週間という期限付きの元で一人張り込みを
開始することにしました。

夜、横浜駅から刑事の仲間で中年の男・下岡雄二と、
若い柚木刑事と二人は、鹿児島行きの急行列者「さつま」号の列者に飛び乗りました。
下岡刑事は石井の実家へ行くので、途中で降り
柚木刑事は嫁ぎ先の、さだ子のいる九州の田舎町へ行きました。
(柚木刑事は、同僚から文学青年と笑われているので、電車の中などで
本を読んでいます。)
柚木刑事は、さだ子の家の斜め向かいにある旅館の2階に泊まり
張り込みを始めます。
さだ子(28歳)は、地元相互銀行に勤める長身で
猫背のしわの深い顔の夫(横川)(48歳)と、後妻として結婚しました。
6歳ほどの末っ子の男の子にまとわれつかれたり、
15歳の長男と12歳の長女の食事を作たりしています。
暇を、みては編み物を、しています。
夫は、朝の8時20分丁度に家を出て、夕方6時前に帰るという
決まった生活を繰り返しています。
夫は、ケチで毎日決まった金額(100円)の金額を渡し、結婚当初は
米びつに鍵を掛けて計っていたほどです。

【張込み】や、聞き込みを進めてていくと、さだ子は不満をいうわけでもなく
継子にもなつかれているようです。
平穏で単調過ぎるくらいの日々、
瞼が閉じるほどの一日が流れていきます。
さだ子は28歳にしては、どこか疲れいて、
とても激しい恋愛経験など想像も出来ない平凡な主婦の顔をしていました。
五日目、長身の猫背のしわの深い夫が銀行に行き、子供たちが学校に行った後
紺の背広をを着て、手茶色の手さげ鞄を提げた男が、
近所を一軒一軒、訪問して歩いていました。
柚木刑事は、物売りだろうと見過ごしていました。

買い物に行くさだ子が、割烹着の下に
いつもと違ったスカ-トや橙色のセータ-を着ていることに気が付いて、
紺色の背広の男が石井だったと確信しました。
柚木刑事は急いでさだ子を追いかけますが、
いつもと同じ買い物に行く道が頭に自然と入ってしまって
さだ子を見失ってしまいました。

汽車の駅や、バス停で聞き込みをして
石井とさだ子の後を追います。
石井とさだ子は、バスの終点からいくつか手前の停車場で降りました。
雑木林を越え、用水路の所を歩いて行くと、
池の堤の上に石井と、さだ子が座っていました。

真っ赤な紅葉、カササギが鳴く風景を、背にして
さだ子は、石井のひざの上に身を投げ出し、
石井の首を両手で思い切り抱いていました。
男は、何度も顔をうずめていました。
女の笑い声と、石井の厚い抱擁で、さだ子に火がつきました。
さだ子は、別の命を吹き込まれ躍りだすように生き生きとしていました。
いつも、見ている疲れた、さだ子と違い、
まるで別人のように炎がめらめら燃えて二人は、腰を絡ませて
川北温泉の(松浦館)の旅館に入って行きました。
柚木刑事は地元警察に応援を頼み、お風呂から出てきた石井に
「石井久一だな。逮捕状がでている」と手錠をかけました。
石井は、湯気はまだ皮膚から立っているのに、顔は、真っ青でした。
お風呂から部屋に戻ってき、たさだ子は、宿の着物が艶めかしく
柚木刑事がいるのに茫然としました。
柚木刑事は
「石井君は警察にきてもらっています。奥さん直ぐに、バスでお帰りなさい。
今ならまだ、ご主人が帰って来る前には戻れますよ。」
窓を、あけ柚木刑事は、渓流を見ながら、この女は数時間の命を燃やしたにすぎなかった。
今晩からは、また、ケチな夫と継子3人とで暮らしていくにすぎない。
明日からは、そんな情熱がひそんでいるとは思えない、
編み物の機械をいじっているのに違いない。

《私の感想》
~【張込み】は、とても想像力を掻き立てられました。~
~さだ子と石井との恋人関係も、かって恋人であったということだけです。~
~20歳も歳の離れた3人の子持ちの男性と後妻になったことも
何も語られません。~
~柚木刑事は、さだ子のいる九州の田舎町まで行って
【張り込み】を、していても柚木刑事の心の思いも語られません。~
~真っ赤な紅葉、そこで、さだ子と石井が、つかの間の愛に身をまかせて
抱き合っているのを見守る柚木刑事の優しさというか、
さだ子への温情。~
~ラストで「奥さん直ぐに、バスでおかえりなさい。今ならまだ、ご主人が
帰って来る前に戻れますよ。」~
~ここで、柚木刑事の深い思いやりが分かりました。~
~それから、とても時代を感じました。~
~割烹着と、編み物の音、懐かしくなりました。~

松本清張(平成4年没)
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