【魔術】芥川龍之介を、読んだ感想!

  

~【魔術】は、

一九二〇年一月一日発行の雑誌「赤い鳥」に発表されました。

「蜘蛛の糸」(一九一八)「犬と笛」(一九一九)に続く

三作目の童話です。~

~芥川龍之介らしい、人間のエゴイズム(欲)に対しての小説です。~

《あらすじ》

ある時雨(しぐれ)の降る晩のことです。

主人公(私)を乗せた人力車は、

何度も大森界隈(おおもりかいわい)の険しい(けわ)しい坂を上ったり下りたりして、

やっと竹藪(たけやぶ)に囲まれた、小さな西洋館の前に梶棒(かじぼう)を下しました。

もう鼠色のペンキの剥(は)げかかった、狭苦しい玄関には、

車夫の出した提灯(ちょうちん)の明かりで見ると、印度(インド)人マティラム・ミスラと

日本字で書いた、これだけは新しい、瀬戸物の表札がかかっています。

このミスラ君こそが、魔術の使い手なのです。

ミスラさんは、インドのカルカッタ生まれの愛国者であると同時に、

ハッサン・カンという名高い婆羅門(ばらもん)の秘法を学んだ、

年の若い魔術の(まじゅつ)の大家なのです。

主人公(私)は彼(ミスラ)君と交際はしていましたが、

ついぞ魔術を見たことがなく、

ついに、今夜見せてくれるということで、寂しい大森の道まで

人力車を急がせて来たのです。

私は雨に濡れながら、覚束(おぼつか)ない

車夫の提灯の明かりを便りに、その表札の下にある

呼鈴(よびりん)の釦(ぼたん)を押しました。

玄関へ顔を出したのは、ミスラ君の世話をしている、

背の低い日本人の御婆さんです。

御婆さんに通されて、ミスラ君の部屋にきました。

色の真っ黒な、眼の大きい、柔らかな口髭のあるミスラ君は、

テエブルの上に、ある石油ランプの心(しん)をねじりながら、

元気よく私に挨拶(あいさつ)をしました。

そして、葉巻をぷかぷか吸いながら、私にも葉巻を勧めてくれました。

私も遠慮なく葉巻を一本取って、燐寸(マッチ)の火をうつしながら、

「確かあなたの御使いになる精霊(せいれい)は、ジンとかいう名前でしたね。

するとこれから、私が拝見する魔術と言うのも、そのジンの力を借りてなさるのですか。」

ミスラ君は自分も葉巻へ火をつけると、にやにや笑いながら、

匂(におい)の好い煙を吐いて、

「ジンなどという精霊があると思ったのは、もう何百年も昔のことです。

アラビヤ夜話(やわ)の時代のこととでも言いましょうか。

私がバッサン・カンから学んだ魔術は、あなたでも使おうと思えば使えますよ。

高が進歩した催眠術にすぎないのですから。―御覧なさい。

この手をただ、こうしさえすれば好いのです。」

ミスラ君は手を挙げて、二三度私の眼の前へ三角形のようなものを描きましたが、

やがて、その手をテーブルの上へやると、縁へ赤く織り出した模様の花を

つまみ上げました。

確かに今の今まで、テエブルの描けの中にあった花もようの一つに違いありません。

ちょうど、麝香(じゃこう)か何かの重苦しい匂いさえするのです。

ミスラ君はまた、無造作にその花をテエブルの掛けの上に落としました。

勿論、落とすともとの通り花は織り出した模様になって、動かせなくなってしまうのです。

今度はミスラ君がちょいと、テーブルの上のランプを、

置き直したその拍子(ひょうし)に、ランプは、まるで独楽(こま)のように

ぐるぐる廻り始めました。

それもちゃんと一所(ひとところ)に止まったまま、ホヤを心棒(しんぼう)のようにして

勢いよく廻り始めたのです。

また実際ランプのかさが、風を起こして廻る中に、

黄色の焔(ほのお)がたった一つ、瞬(またた)きもせずにともっているのは、

何とも言えず美しい不思議な見物(みもの)だったのです。

いつの間にか、前のようにホヤ一つ歪(ゆが)んだ気色(けしき)もなく、

テエブルの上に据(すわ)っていました。

「驚きましたか。こんなことはほんの子供騙(だま)しですよ。」

中でも一番面白かったのは、うすい仮綴(かりと)じの書物が一冊、

やはり翼のように表紙を開いて、ふわりと空へ上りましたが、

しばらくテエブルの上で輪を描いてから、逆落(さかおと)しに

私の膝へさっと下りて来たことです。

手に取って見ると、私が一週間前にミスラ君に貸した

仏蘭西(フランス)の新しい小説でした。

「永々(ながなが)御本を難有(ありがと)う。」

ミスラ君はまだ、微笑を含んだ声でこう私に礼を言いました。

私は、夢からさめたような心もちで、最初に言われた、

誰にでも使おうと思えば使えるという言葉が気になり、教えてもらえないかとお願いします。

「使えますとも。誰にでも造作(ぞうさ)なく使えます。ただ―」

ミスラ君はいつになく真面目(まじめ)な口調になって

「ただ、欲のある人間には使えません。ハッサン・カンの魔術を習おうと思ったら、

まず欲を捨てることです。あなたには、それが出来ますか。」

「出来るつもりです。」

私は何となく不安な気もしたので、すぐに

「魔術さえ教えて頂ければ。」

やがて大様(おおよう)に頷(うなず)きながら

「では教えて上げましょう。が、いくら造作なく使えると言っても、習うのには暇も

かかりますから、今夜は私の所へ御泊(おとま)りなさい。」

「御婆サン。御婆サン。今夜八御客様ガ御泊リニナルカラ、寝床ノ支度ヲ

シテ置イテクレ。」

私は胸を躍らしながら、親切そうなミスラ君の顔を思わずじっと見上げました。

私がミスラ君に魔術をおそわってから、一ヶ月ばかりたった後(のち)のことです。

これもやはり、ざあざあ雨の降る晩でしたが、

私は銀座の倶楽部(くらぶ)の一室で、五六人の友人と、

暖炉(だんろ)の前へ陣取りながら、気軽な雑談に耽っていました。

そのうち一人の友人が

「君は近頃魔術を使うと評判だが、どうだい。

今夜は一つ僕たちの前で使って見せてくれないか。」

「好いうとも。」

私は椅子の背に頭をもたせたまま、さも魔術の名人らしく、

横柄(おうへい)にこう答えました。

「世間の手品師などに出来そうもない、不思議な術を使って見せてくれ給え。」

友人たちは皆賛成だと見えて、椅子をすりよせてきます。

そこで、私は 徐(おもむろ)に立ち上って

暖炉の中に燃え盛(さか)っている石炭を無造作に(むぞうさ)に

掌の上へすくい上げました。

私を囲んでいた友人たちは、これだけで、もう、

気味悪そうにしりごみさえ始めるのです。

私の方はいよいよ落ち着き払って、その掌の上の石炭の火を、

しばらく一同の眼の前へつきつけてから、今度はそれを勢いよく

寄木細工の床(ゆか)へ撒(ま)きちらしました。

その途端です、

窓の外に振る雨の音を圧して、もう一つ変わった雨の音が俄(にわか)に

床の上から起こったのは。

まっ赤な石炭の火が、私の掌を離れると同時に、無数の美しい金貨になって

雨のように床の上へこぼれ飛んだからなのです。

友人たちは皆夢でも見ているように、茫然と喝采するのも忘れていました。

友人たちは

「これじゃ一週間と経たない内に、

岩崎や三井にも負けないような金満家になってしまうだろう。」

などと口々に私の魔術を褒めそやしました。

悠然と葉巻の煙を吐いて、

「いや、僕の魔術というやつは、一旦欲心を起こしたら、

二度と使うことが出来ないのだ。

だからこの金貨にしても、君たちが見てしまった上は、

すぐに元の暖炉の中へ抛(ほう)りこんでしまおうと思っている。」

友人たちは私の言葉を聞くと、言い合わせたように反対し始めました。

私は、ミスラ君と約束した手前もありますから、どうしても暖炉に抛り込むと、

剛情に、友人たちと争いました。

すると、その友人たちの中でも一番狡猾だという評判のあるのが、

鼻の先で、せせら笑いながら

「それじゃいつまでたった所で議論が干(ひ)ないのは当たり前だろう。

そこで僕が思うには、この金貨を元手にして、君が僕たちと骨牌(かるた)をするのだ。

そうしてもし君が勝ったなら、石炭にするのも、自由に君が始末するが好い。

が、もし僕たちが勝ったなら、金貨のまま僕たちへ渡し給え。

そうすれば御互の申し分も立って、至極満足だろうじゃないか。」

それでも私はまだ首を振って、容易にその申し出しに賛成しょうとはしませんでした。

「つまり君はその金貨を僕たちに取られたくないと思うからだろう。

それなら魔術を使うために、欲心を捨てたとか何かという、

折角の君の決心も怪しくなってくる訳じゃないか。」

何度もこういう押問答を繰返した後で、とうとう私は友人の言葉通り骨牌(かるた)を

闘わせなければならない羽目に立ち至りました。

その夜に限ってふだんは格別、骨牌(かるた)上手でない私が、

嘘のようにどんどん勝つのです。

すると、また妙なもので、始は気のりもしなかたのが、

だんだん面白くなり始めて、ものの十分とたたない内に

いつか私は一切を忘れて、熱心に骨牌(かるた)を引き始めました。

友人たちは血相(けつそう)さえ変えるかと思うほど、

夢中になって勝負を争い出しました。

私は一度も負けないばかりか、とうとうしまいには、

あの金貨とはぼ同じだけ勝ってしまったじゃありませんか。

すると、さっきの人の悪い友人が、まるで気違いのような勢いで

「さあ、引き給え。僕は僕の財産をすっかり賭ける。

地面も、家作も、馬も、自動車も一つ残らず賭けてしまう。

その代り君はあの金貨のほかに、今まで君が勝った金を

ことごとく賭けるのだ。さあ、引き給え。」

私は、この刹那(せつな)に欲が出ました。

こんな時に使わなければ、どこに魔術などを教わった、苦心の甲斐があるのでしょう。

私は矢も楯もたまらなくなって、そっと魔術を使いながら、決闘でもするような勢いで

「よろしい。まずは君から引き給え。」

「九。」(く)

「王様。」

私は勝ち誇った声を挙げながら、

まっ蒼になった相手の眼の前へ、引き出して見せました。

すると不思議にもその骨牌(かるた)の王様(キング)が、

まるで魂がはいったように、冠をかぶった頭を擡(もた)げて、

ひょいと札(ふだ)の外へ体を出すと、行儀よく剣を持ったまま、

にやりと気味の悪い微笑を浮かべて

「御婆サン。御婆サン。御客様ハ御帰りニナルソウダカラ、寝床ノ仕度ハ

シナクテモ好イヨ。」

と、聞き覚えのある声で言うのです。

と思うと、どういう訳か、

窓の外に降る雨脚(あまあし)までが、急にまたあの大森の竹藪にしぶくような、

寂しいざんざ降(ぶ)りの音をたて始めました。

ふと気がついてあたりを見廻すと、

私はまだうす暗い石油ランプの光を浴びながら、

まるであの骨牌(かるた)の王様(キング)のような微笑を浮かべている

ミスラ君と、向かい合って座っていたのです。

私が指の間に挟んだ(はさ)んだ葉巻の灰さえ、やはり落ちずに

たまっている所を見ても、私が一月ばかりたったと思ったのは、

ほんの二三分の間に見た、夢だったのに違いありません。

けれどもその二三分の短い間に、

私がハッサン・カンの魔術の秘法を習う資格のない人間だということは、

私自身にもミスラ君にも、明かになってしまったのです。

私は恥ずかしそうに頭を下げたまま、しばらくは口もきけませんでした。

「私の魔術を使おうと思ったら、まず欲を捨てなければなりません。

あなたは、それだけの修業がが出来てないのです。」

ミスラ君は気の毒そうな眼つきをしながら、縁へ赤く花模様を織り出した

テエブル掛けの上に肘をついて、静にこう私をたしなめました。

《私の感想》

~芥川龍之介の独特な世界が大好きです。~

~人間の欲、一舜の魔が差した時フッと欲望に駆られてしまう心理。~

~その後、大きく人生が左右されてしまいます。~

~芥川龍之介は、教訓を教えてはくれますが、欲なしで生きていくのは

 私には難しい問題です。~

~(魔術)は、怪しい雰囲気とレトロな感じが伝わってきて、

 不思議な気分になります~

~私は【魔術】を、読むと必ず夢を見ます。~

~今回は丸い飴玉が宙に浮いて私は必至で、舌をだして舐めようと

 踏ん張っていますが、

~どうしても、舐める事が出来ず自分の叫ぶような声で

 (眼が覚めました。~

芥川龍之介(1892~1927)

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