
《あらすじ》第二部—②

その日の夕方になって、ジジとベッポがやって来ました。
モモは、まだ、少し、青い顏をしてぼんやりしたまま石壁の影に座っていました。二人はモモの側に腰かけると、どうしたのかと、心配そうに聞きました。
モモは、さっきの事件を、つっかえ、つっかえ、灰色の紳士と交わした話を一言も、もらさず繰り返して聞かせました。

ベッポじいさんは、話を聞いている間、とても真剣な顔でモモを食い入るように眺めています。
話が終わっても、一言も口を聞きませんでした。
これとは反対に、ジジは聞いている間に興奮してきました。自分で話しているとき、興に乗って来るとよくそうなったように、目がキラキラ光だしました。
三人は、色々と話し合い、時間貯蓄銀行を早く捜しだすのに、古い友だち、最近来るようになった子供たちを動員して今から、沢山の人に伝えて、その人たちから、また、他の連中に伝えてもらおう。
明日午後三時、ここに集まって相談しょう。そこで、三人は直ぐにたちあがり、モモが一方に、ベッポとジジはそれとは別の方向に、二手に別れて出かけました。.
次の日の午後三時、昔の円形劇場の後には大勢の興奮した叫び声や、お喋りがこだましていました。
子どもたちは、五、六十人位集まって、これから始まることを、興味しんしんで待ち構えています。

観光ガイドのジジは立ち上がって、大袈裟な身振りで皆に静粛を乞いました。
「親愛なる友人諸君。」ジジは大きな声ではじめました。「どうしたらいいかは、後で相談することにする。まず、その前にモモにその泥棒の一人に会った話を、してもらおう。」子どもたちは、一心に耳を傾けました。
話が終わった後、長い沈黙が続きました。モモの話を聞いているうちに、皆は何となく怖くなってしまったのです。この時間泥棒団がこれ程、気味の悪いものだとは思いも寄らなかったのです。

「どうだい?」ジジがあたりの静けさを破って尋ねました。ジジが、また発言しました。
「今や俺たちは生きるも死ぬも、一諸と覚悟して団結しなくちゃならないんだ!慎重にする必要はあるけれども、びくついちゃいけない。だから、もう一度皆に聞く。俺たちと、一諸に闘う者はいないか?」子どもたちは、色々な意見などを、出し合い話し合いました。
観光ガイドのジジは立ち上がりました。
「親愛なる友人諸君、僕は事件を徹底的に考えぬいてみた。この、灰色の男たちが力を持っているのは、皆も知っての通り、人に知れずに秘密に働けるからなんだ。だから、奴らに打撃を与える一番簡単で効果のある方法は、あらゆる人たちに本当のことを知らせることだ。

プラカ-ドや横断幕を作って、町中を練り歩こう。そして、町中の人に、ここの円形劇場で説明集会をするから来て下さいって、呼びかけるんだ。怖ろしい秘密を、皆に話すんだ。そうしたら、世の中は変わる。誰も人間の時間を、盗めなくなる。誰でも、好きなだけ暇を楽しめるようになる。友人諸君、僕らはその気さえなれば、これが出来るんだ!皆やってくれるか?」
皆は一斉に歓声を、あげて、これに応えました。この日も、また次の日も廃墟では秘密ながらも熱気にあふれた活動が続けられました。どのプラカ-ドにも、集会の場所と時間も書かれています。子どもたちは、円形劇場に整列し、ジジとベッポとモモを先頭に、プラカ-ドや横断幕を押し立てて、町の中へ足音もたかく歩調を揃えて行進してゆきました。
皆は、ブリキ缶や笛を賑やかに鳴らしシュプレヒコールを叫び、歌をうたいました。その歌は、ジジが行進のために特別に作ったものです。

次のような文句です。
♬みんな聞いとくれ、ぼくらの言うことを。一刻のゆうよもならないぞ。さあ目をさまして、気をつけろ、時間をぬすみに、やつらがくる。♪
この歌は、まだまだ続いて二十八節もあります。でも、行進は、何回かは交通の邪魔になったため、おまわりさんが飛んできて子どもたちを追い払いました。
でも、子どもたちは、直ぐ別の場所で集合して初めからやり直すのです。何事も起こらず、灰色の男たちは、一生懸命目を光らせていたのですが、どこにも姿を現せませんでした。けれども、これまで何も知らなかった子どもたちがデモ行進に加わり、しまいには数百人、更に数千人にも膨れ上がったのです。
こうして、子どもたちは長い列をくんで大都会の通りという通りを、練り歩き、(世の中を変える集会に来てくれ!)と、大人に呼びかけました。

待ちに待った時刻が過ぎました。時刻は過ぎたのに、来てほしかった町の人は一人も現れませんでした。賑やかなお喋りも、陽気な歓声も、もう聞こえません。
皆黙り込んで、悲しそうな顔をしていました。空気がひんやりとしてきて、遠くの教会の時計が八つ討ちました。もう、今となっては、完全に失敗に終わったことは疑う余地がありません。皆、黙って帰りました。落胆が余りに大きかったのです。
道路掃除夫ベッポじいさんも「特別勤務があるんでな。人手不足でな。」と、モモに言いました。「帰ちゃうの。残念だわ。今日は、ずっとここにいて貰いたかったのに。」と、モモは、言いました。キーキ-きしむ自転車に乗ってベッポじいさんは暗がりに消えてゆきました。
ジジも「今日は、日曜日だろ、今度の仕事は夜警をすることになったんだ!」ジジは慰めるようにモモの髪を、なでて言いました。「明日、話をしょうよ、いいだろ?もう、遅れちゃうからな。」
こうして、モモはたった一人残されて大きな石の円形劇場に座っていました。夜空には星影ひとつなく、雲が垂れ込めて気味の悪い風が吹きはじめました。

大都会から、大分離れた郊外にみあげるようなゴミの堆積(たいせき)がるいるいと、続いていました。灰や、ガラス、の破片、空き缶、ボロ布団、プラスチックのくずや、ダンボ-ルその他ありとあらゆるガラクタで出来ています。毎日毎日少しずつ、吐き出されるゴミで、巨大焼却炉に運び出されるのです。夜遅くまでベッポは、仲間の掃除夫たちと、一諸に、トラックからシャベルでゴミを、積みおろす仕事を続けました。ベッポはシャツが汗で体に張り付くほど、一心に、シャベルを動かし続け真夜中頃になって、ようやく仕事は終わりました。ベッポは組んだ腕に頭をのせて、眠り込んでしまいました。

ふいに、ひんやりした風に(ブルッ)として目を覚ましました。顏を、あげたとたんに眠気はすっかり吹きとびました。るいるいいたる、ゴミ山全部埋め尽くして、灰色の男たちが並んでいます。揃いの洒落た灰色の服を着て、突っ張った帽子を被り、手には皆鉛色の書類鞄を持ち口には小さな灰色の葉巻を加えています。彼らは皆黙って、ゴミ山の一番高い所を、身じろぎもせず見つめています。そこには、裁判官のテーブルのようなものが、しつらえて合って、三人の男が座っていますが、その三人も、他の男たちと寸分たがわぬ恰好をしています。

これを、目にしたとたんに、ベッポは見っかったら大変と思いましたが、灰色の男たちが、まるでおまじないでもかけられたように裁判官の方ばかり見上げているので、ベッポは息を殺して音ひとつたてまいと心をきめました。
この、やりとりは小さな声で、その上ずっと遠くで交わされていましたが、不思議なことに、ベッポじいさんには一言残らず聞こえてきました。
「外交員、ナンバ-BLW/553/C、重罪裁判の法廷の前に進みでよ!」と、静けさを破って、てっ辺の裁判官の中央にいる男の声が響きわたりました。
「子どもに時間の節約させるのは、ほかの人間の場合より、はるかに難しい。にもかかわらず、われわれの秘密を、喋ってしまった。もっとも重要な秘密をその子に幾ばくかを、もらしさえしたのだ。被告、それを認めるか?」
「はい、しかしどうか、裁判官殿、わたしの頭が全くおかしくなっていたことを、情状もご酌量ください。あの子が私の話を聴く聞き方は、わたくしから何もかも吐き出させてしまうような一種独特の聞き方なのです。どうして、そういうことになってしまったのか、わたくしは自分でも分かりません。誓って申します。これは、嘘では、ありません。」
「きみの弁解なぞ関心ない。その、不思議なこどもについては、われわれも少し気をつけることにしょう。何という名前の子か?男の子か?女の子か?住んでいるところは?」
「モモという小さい女の子です。円形劇場あとです。」
「よろしい。」裁判官は、小さな手帳にすっかり記入しました。裁判官の三人の男は、頭を寄せ合って小声で言い交わし、頷き合いました。被告の方に向き直り、判決を言い渡しました。
「全員一致で、被告は、反逆罪で有罪。われわれの法律の定めるところにより被告には罰として、一斉の時間の供与を、即刻停止する。」
「お慈悲を!お慈悲を!」と、被告は悲鳴をあげました。両脇に立っていた二人の灰色の男が、被告の鉛色の書類鞄と、小さな葉巻をひったくってしまっていました。
すると、不思議なことがおこりました。罪人は、葉巻を奪われたとたんみるみる透明になって影が薄くなっていったのです。
叫び声もか細くなり、両手で顔をおおって立ったまま消えてなくなっていきました。一つまみの灰がくるくると風にまったかのように、直ぐに見えなくなりました。
なりゆきを見ていた灰色の男たちは皆、黙ってその場を立ち去りました。闇が彼らを飲み込み、後には、灰色の風ばかりが、荒涼としたゴミの山に吹いていました。
道路掃除夫ベッポは、身じろぎもせず座ったまま、被告の消えたあたりを茫然と見つめていました。
氷り付いた体が、少しずつ溶け始め、今こそベッポは、灰色の男たちが存在することを、我と我が目で見て知ったのでした。

これとほぼ同じ頃、遠くの時計が夜中の十二時を、さっき打った所です。小さなモモは、まだ廃墟の石段に座り続けていました。
何を待っているか、分かりませんが、こうしてもっと待っていなくては、いけないような気がしたのです。ふいに、何かが、そっと裸足の足にさわったような気がしました。
真っ暗でよくみえないので、かがみ込んでみると大きなカメが一匹、頭を上げ不思議な微笑を浮かべて、モモの顔を真っ直ぐに見ていました。

その黒い、賢そうな目が、如何にも話しかけたそうに、親し気に煌めいていました。カメの甲羅に、ほんのり光る文字が見えました。
「ツイテオイデ!」けれど、カメは、もう、動き出していました。「さあ、歩いて!あたし、ついてゆくわ。」

モモは、一足、また、一足ゆっくりとカメの後を歩きました。カメはのろりのろりと、石の廃墟を出ると、大都会の方角に進みました。

ベッポじいさんは、夜の闇を力の限りの、全速力で、ガタピシ自転車で走りました。疑いもなく、モモに怖ろしい危険が迫っているのです。
ベッポはペダルを踏み、白い髪が風に、はためきました。円形劇場までの道のりは、まだまだ大分あります。

その頃、円形劇場の廃墟は何台もの洒落た灰色の車にぐるりと、取り囲まれ、ライトでこうこうと照らし出されていました。
何十人もの灰色の男たちが、隅から隅まで捜しまわっています。モモの部屋に通じる壁の穴も見つかってしまいました。
「獲物に、逃げられたな。」ひとりが言いました。
「本当に、誰か危険を知らせた奴がいるとすれば、あの子は、もうこの辺りに居るはずが無い。こんな所を愚図愚図捜していては時間の無駄になるぞ。」
三番めの男が言いました。
別の男が不機嫌に言いました。「その場合には、本部が大部隊の投入を命令出来るじゃないか。あの子が逃げられるものか。皆、仕事にかかれ!事態がどれほど深刻か、分かっているな。」
この夜、このあたりの人々は、如何してこう、何時までも車の音が絶えないのか、不思議に思いました。騒音が、夜明けまで続き、お蔭で皆一晩中、まんじりとも出来ませんでした。
その頃、モモはカメに案内されるままに、大都会のまん中をゆっくりと通っていました。真夜中過ぎのこんな、遅い時間にさえ、眠らないのです。
建物の正面の壁にはネオンの広告が煌めいていて、点滅するけばけばしい光が、町の雑踏(ざっとう)をますますどぎつくしています。

こういうものをはじめて見るモモは、夢でもみているような気分で目を見張りながらカメの後をついて歩いてゆきました。
車が、前や後ろをかすめて走り、通行人が脇を通り過ぎても、けれどもカメと一諸に歩いている子供に注意をはらう人はありません。
カメは、まるで、どの瞬間に車が来ないか、どの瞬間には歩行者が通らないかを、実に正確に知っているかのようです。
モモは、こんなにゆっくりと歩いているのに、こんなに早く進めるのか、不思議になってきました。
道路掃除ベッポがようやくのことで、円形劇場後にたどりつくと、廃墟のぐるりに沢山の車の跡が残っているのが、自転車の弱弱しいライトに照らされて見えました。
「モモ!」答えはありません。ベッポは、喉がからからになって、真っ暗な部屋に入りましたが、よろけて足をくじきました。
震える指でマッチに火を付け、あたりを見ると部屋はメチャクチャになっていました。一瞬、胸に突き上げてきたむせび泣きを懸命にこらえました。
ベッポは、出来る限りのはやさで外に出ると、くじいた足をひきずりながら自転車にまたがるなり走りだしました。ベッポは、ようやくジジの小屋にたどりついて、握り拳でドアをドンドン叩きました。ベッポは、喘ぎながら言いました。「モモに何か、怖ろしいことが、起こったんだ!」ベッポは、自分の見たことを何もかも話しました。
何しろ、ベッポは早く喋れないので、随分時間はかかりました。

ベッポの言葉を、聞いているうちに、ジジの顔から次第に血の気が失せてきました。きゅうに、足もとの地面にポッカリ穴があいたような気持ちです。
ベッポとジジは色々と話、口論にもなりました。「大丈夫だよ。」ジジは答えて、ベッポのくじいた足の靴を脱がせて布で湿布をしてやりました。
ベッポがもう眠りこんでいるのを見ると、ジジは床の上に、上着を枕がわりにして横になりました。けれど、眠ることは出来ません。
これまで、気楽に生きてきたジジは、はじめて不安に胸をしめつけられました。
《わたしの 感想》
モモを、とりまく世界は(灰色の男たち)という奇妙な病菌におかされはじめています。
人々は、(良い暮らし)のためと信じて時間を倹約し、追い立てられるようにせかせかと生きています。
次回第三部 宜しくお願いいたします。
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