
~【どんぐりと山猫】は、小説というより、童話のようです。
大正十年の作品です。
黄金のどんぐりと山猫の裁判を、主人公《かねた一郎》を通して
おかしな、面白い出来事が繰り広げられます。
私は、童話のような作品が大好きです。~
《少しだけ詳しく、あらすじを書きました》

おかしな、はがきが、ある土曜日の夕方、一郎のうちにきました。
はがきの、字はまるで下手で墨もがさがさして指につくくらいでした。
〈面倒な裁判をするのできませんか。〉その、はがきの差出人は、山猫でした。
〈飛び道具を持たないで下さい。〉ということも書かれていて、一郎は嬉しくって嬉しくって
家中をとんだりはねたりしました。
次の日、一郎が眼を覚ました時は、真っ青な青空でした。
一郎は川に沿った小道を上っていって、山猫を探しました。
栗の木に聞くと「馬車で東の方へ飛んで行きましたよ。」
一郎が、東に行きますと笛吹の滝でした。
一郎が、「おいおい、笛吹、山猫がここを通らなかったかい。」
滝が、ピ-ピ-答えました。
「山猫は、さっき、馬車で西の方へ飛んで行きましたよ。」

一郎がまた少し行きますと、ぶなの木のしたに、
沢山の白いきのこが、どってこ、どってこ、どってこと変な楽隊をやってました。
一郎はからだをかがめて、「おい、きのこ、山猫が、ここをとおらなかったかい。」すると、
きのこは「山猫なら、けさ、はやく馬車で南の方へ飛んで行きましたよ。」と、答えました。
一郎はまた少し行きました。
すると、一本のくるみの木の梢を、リスがぴょんと、とんでいました。
「おい、りす、山猫がここを通らなかったかい。」とたずねると、
リスは、「山猫ならけさまだ暗いうちに馬車で南の方へ飛んでいきましたよ。」
一郎は、また道を上って行きました。
道は大変急な坂で、汗をぽとぽとおとしながら
その坂を上りますと、にわかに明るくなって、
そこは、美しい黄金色の草地でオリ-ヴ色の、かやの木のもりでかこまれてありました。
その草地のまん中に、背の低いおかしな形の男が、
ひざを曲げて手に革鞭を持ってこっちをみていたのです。
一郎は、気味が悪かったのですが、「あなたは、山猫を知りませんか。」と聞いてみると
「山猫さまは、今すぐに、ここに戻ってお出やるよ。おまえは一郎さんだな。」
この薄気味悪い男は、はがきを書いた男で「わしは、山猫さまの馬車別当だよ。」と言いました。

その時、風がどうと吹いてきて、そこに山猫が、
黄色な陣羽織のようなものを着て、緑色の眼をまん円にして、耳は立って尖っていました。
裁判も、今日で三日目で、一郎に意見を聞きたいということです。
一郎の足元でパチパチ塩の、はぜるような音を聞き、びっくりして

かがんで見ますと、黄金いろの円いものがピカピカ光っているのでした。
みんな赤いズボンをはいたどんぐりで、その数ときたら三百でも利かないくらいで、
わあわあ、わあわあ、みんな何か言っているのです。
こんどは馬車別当が、鈴をガランガランと振り、黄金のどんぐりどもは、少し静かになりました。
山猫は黒い長い繻子の服を着て、勿体らしく、どんぐりの前にすわっていました。

「裁判も、今日で三日目だぞ、いい加減に仲直りしたらどうだ。」
どんぐりどもは、口々に叫びました。
「いえいえだめです、なんといったって頭のとがっているのがいちばんえらいんです。そしてわたしがいちばんとがってます。」
「いいえ、ちがいます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのはわたしです。」
「大きなことだよ。大きなのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばん大きいからわたしがえらいんだよ。」
もう、切りがないほど、どんぐりどもは、がやがや言って
まるで蜂の巣をつっついたようで、わけがわからなくなりました。
そこで、山猫が叫びました。
「やかましい。ここをなんと、こころえる。しずまれ、しずまれ。」
それでも、どんぐりどもは、がやがやがや、馬車別当が鞭でひゅうぱちっと鳴らしました。
山猫が一郎に「このとおりです。どうしたらいいでしょう。」
一郎はわらってこたえました。
「そんなら、こう言いわたしたら、いいでしょう。
このなかでいちばん、ばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないような、のが、いちばんえらいとね。」
山猫は、なるほどと、うなずき一郎と、同じことをどんぐりどもに言いわたしました。
どんぐりどもは、しいんと、かたまってしまいました。
山猫は、大喜びで
「名誉裁判長になって下さい。」
それから、はがきの文句ですが、
「これからは,用事これありに付き、明日出頭すべし、と書いてどうでしょう。」
一郎は笑って
「さあ、なんだか変ですね。そいつだけはやめた方がいいでしょう。」
山猫は、やっと、あきらめて
「お礼に塩鮭の頭と、黄金のどんぐりを一升と、どちらがすきですか。」
一郎は「黄金のどんぐりがすきです。」
馬車別当が急いで、どんぐりを計り詰め込みました。

山猫は、「さあ、おうちへお送りいたしましょう。」
馬車が進むにしたがって、どんぐりは、光を失い、
まもなく一郎が家の前についたときは、山猫も馬車もすべてが一度に見えなくなって
どんぐりは、あたりまえの茶色のどんぐりになってました。
それからあと、山猫拝というはがきは、もうきませんでした。
やっぱり、出頭すべしと書いてもいいと言えばよかったと、ときどき思うのです。
《私が、感じたこと!》
~宮沢賢治の作品は、謎めいているところが多いです。
説明が足りないところが多く、読んでいて結構考えさせられます。
それでいて、どんどん引き込まれていきます。
まず、思ったのは、最初の出だしから
どうして、一郎のところに〈はがき〉が来たのかと、思う
そして、はがきを受け取って一郎は嬉しさのあまり家の中を飛び跳ねる。
それは、幼い子供が夢を膨らませてワクワクドキドキ
する感触のような思いなんだろうか。~
~山猫は、なぜ一郎にはがきをださないのだろうか。
あれほど、一郎に、はがきの文章にこだわっていたのに。~

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