
【矢六淵(やろくぶち)のいわれ】は淵の底に棲んでいる、水グモがやってくる人間を引き込んでしまうお話です。
《 あらすじ 》
昔、小鹿村(おじかむら)というところに、弥六(やろく)という名の木こりが住んでいました。

弥六は勇敢(ゆうかん)な若者で、毎日山に入っては仕事に精を出していました。
ある日、村人の一人が、山に入ったまま帰りませんでした。

初めのうちは、キツネにでも化かされたかと冗談(じょうだん)を言っていた村人たちも、幾日も帰らないので心配になり、山に入ってくまなく探しました。
けれどいくら探しても見つけることができず、それどころか探しに行ったほかの村人までもが帰ってこなくなりました。
村人たちは恐(おそ)ろしくなって、
「あの山には恐ろしい化け物がいるに違いない」
「きっと魔物(まもの)に食われてしまったのだ」
と口々にうわさするようになりました。

そこで勇敢な弥六は、
「よし、おれが魔物の正体を突き止めてやる」
と言って、一人で山に入ることにしました。

弥六にはおたつという許婚(いいなずけ)がいましたが、
いくら引き止めても行くと言い張る弥六に、最後はおたつも、
「どうか、気をつけて行ってらっしゃい」
と言って、弁当を持たせ心配そうに見送りました。
山に入り川沿いを歩いていくと、狭い谷の両岸には険しい山々がそびえ、所々に大きな岩が飛び出ていました。
なおも山奥にむかってずんずん進んでいくと、やがて大きな淵(ふち)に辿(たど)り着きました。
弥六は淵のほとりにふる株を見つけました。
(ここで少し休んで、弁当でもたべようか)

弥六が古株に腰を下ろそうとしたそのとき、急にあたりが暗くなり、木々のの梢(こずえ)がざわざわと揺(ゆ)れ始めました。
そして突然、淵の中から太いクモの糸が、幾筋(いくすじ)も幾筋もするすると弥六にむかって伸びてきました。
見ると、淵の中に大きなクモがいて、大きな口を開けて糸を吐き出しています

弥六はあわてて持っていた鉈(なた)で、体に絡(から)みついたクモの糸を振り払い、古株に巻きつけました。
すると古株は、めきめきと音を立てて淵に引きずり込まれていきました。
(村人たちは、あの大グモの糸で淵に引きずり込まれたにちがいない)
そう思った弥六は、急いで村に帰りました。

それから毎日、村の氏神さまにお参りをしました。
「氏神さま、氏神さま、どうか、あの大グモをおれに退治させてください」
許婚のおたつもまた、弥六のことを心配してひそかにお参りをしました。

そして七日七夜(なのかななよ)経ったとき、
「お前の命と引き換えに、願いをかなえてやろう」
とお告げがありました。
そして氏神さまのお堂が大きな音を立てて揺れ動き、稲妻(いなづま)がぴかっと光ったかと思うと、弥六は大きなカエルに変わっていました。

その様子を木の陰から見ていた許婚のおたつも、心配で弥六の後を追いました。
弥六ガエルが、山奥の大きな淵のほとりに着くと、待ちかねていたように淵の中から大グモが姿を現しました。

そして大グモは、ものすごい勢いで太い糸を幾筋も幾筋も伸ばし、あっという間に弥六ガエルの体に絡みつきました。
弥六ガエルは、クモの糸をほどこうともがきますが、体中をきつく縛(しば)られ身動きが取れません。
クモの糸に引っ張られて、弥六の体はずるずると淵に引きずり込まれていきました。

そのとき、にわかに空が曇り、金の龍(りゅう)があらわれて、あたりに嵐のような風が吹き荒れました。
淵から少し離(はな)れた岩の上で、天を仰(あお)いで一心に祈っていた許婚のおたつが金の龍に姿を変えたのでした。
金の龍が起こした風は、弥六ガエルを巻きつけていた太いクモの糸をぶつんぶつんと引きちぎりました。
自由になった弥六ガエルは、嵐のような風にあおられて動けない大グモを一飲みに飲みこみました。
こうして大グモを退治した弥六ガエルは、力尽きてそのままそこで石になってしまいました。
そしておたつも、それっきり姿を見せることはありませんでした。

弥六が大グモを退治した淵は、のちに「弥六淵(やろくぶち)」と呼ばれるようになりました。
その近くには「雄淵(おぶち)」「雌淵(めぶち)」という夫婦淵(めおとぶち)があり、これは弥六とおたつの二人を哀れんだ氏神さまが作ったものだと言われています。
《 わたしの感想 》
【矢六淵(やろくぶち)のいわれ】は、溝に棲むクモの伝説のお話です
鳥取は沼や沢の多い湿地帯で、水辺に多くクモが集まったと思われます。
ときとして、不思議なミラクルを、起こしたと思います。
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