【複製】ホラ-短編衆集【八月の暑さのなかで】W・F・ハーヴィ―を読んだ感想!

 

ホラ-短編集です。

ホラ-というよりも、奇妙な物語です。

 

主人公の画家が、石工の刻んだ墓石の

文字を読んで、はっとする。

 

こうだから怖いんだといいきれない怖さが迫ってきます。

読み終わると奇妙な気分に浸れます。

 

 

《あらすじ》

 

わたしの名前は、ジェイムズ・クレアランス・ウィゼンクロフト。

四十歳で健康で、病気で寝たことなど一日もない。

 

職業は画家。

あまり有名ではないが、暮らしていくのに必要なくらいの金は

白黒の挿絵(さしえ)で十分かせげる。

 

身内はただひとり、姉がいたが五年前に死んでしまった。

というわけで、ひとり暮らしだ。

 

窓を開け放しているというのに、部屋の中は随分暑かった。

ふと、そのとき、アイデアが浮かんだ。

私は描き始めた。

夢中になっていたので、描きおわったのは、聖シュ-ドの教会の

鐘が四時を打つたときだった。

 

仕上がった絵は、一気に描(か)きあげたものの、

これまでで最高のできだった。

 

 

それは裁判所で死刑を宣告されたばかりの犯罪者の絵だった。

 

その男は異様なくらい太っていた。

顎(あご)のまわりに肉がたれさがっているせいで、ごつくて

太い首にはひだができていた。

 

ひげはきれいにそってあって

(おそらく2・3日前にそったとのだと思う)

 

頭には髪はほとんどない。

男は被告人席に立ち、短くって不器用そうな指で手すりをつかみ、

まっすぐ前をみつめていた。

今にも気を失って倒れそうだった。

 

わたしは描いた絵を丸めると、自分でもなぜかはまったくわからないが、

ポケットに突っこんだ。

それからいい作品を仕上げたときの、めったにない幸福感につつまれて

家を出た。

 

そこから先、どこをどう歩いたかはよく覚えていない。

ただひとつはっきり記憶に残っているのは、ひたすら暑かったということだ。

 

七、八キロ歩いた頃、小さな男の子に時間をきかれて、

はっとわれに返った。

 

七時二十分前だった。

わたしはあたりに目をやった。

そのまわりの乾(かわ)いた地面に、いろんな花が咲いている。

 

 

入口の上には看板(かんばん)がかかっていて、

こう彫(ほ)りこまれていた。

 

CHS アトキンソン、石工

イングリッシュ・イタリアン・マーブルズで働く

 

庭からは陽気な口笛と、ハンマ-の音と、鑿(のみ)が

石を削る冷たい音が響いている。

 

わたしは思わず、なかに入ってみた。

男が背をむけてすわり、おもしろい縞模様(しまもよう)の大理石の板に

なにか彫りこんでいた。

 

男はわたしの足音をききつけて、ふり向いた。

わたしはぎょっとして、立ち止まった。

 

男はわたしが絵に描いた人物だったのだ。

その絵はポケットに入っている。

 

顏は絵と同じだったが、表情はまったくちがっていた。

男は、昔からの友だちのように、にこやかにあいさつして、わたしの手を握った。

わたしは、勝手に入ってきてもうしわけないとあやまった。

 

「外は暑くって、日差しも強くって」

と、わたしはいった。

「たしかに今日は暑い。地獄のような暑さだ。ま、おかけなさい!」

男はいま作業していた墓石の端(はし)を指した。

 

わたしはそこに腰かけた。

 

 

「とても美しい石ですね」

男は首を振った。

 

「表のところは最高の模様(もよう)なんだが、この後ろに

でっかいひびが入っているんだ。

わからないだろうが、今日みたいな夏の日はいいんだ。

どんなに暑くたって、びくともしない。それも冬になるまでだ。

霜(しも)ってやつは、あっという間にひびの入ったところをみつけやがる」

 

「じゃあ、なんでそんな石を使ってるんですか?」

男は大笑いをした。

 

「信じてもらえないかもしれないが、展覧会用さ。」

男は大理石について話はじめた。

 

雨や風に強く、加工がしやすい。

それから男は庭のことや、新種のカーネ-ションを買ったことも話した。

 

 

そして一分おきに道具を置いては、汗で光る頭をふき、

いまいましそうに

「暑くってたまらん」

といった。

 

わたしはほとんど黙ってきいていた。と、いうのは

不安でしょうがなかったのだ。

こんな男にであうというのが、奇妙で気味が悪かった。

 

アトキンソンは仕事をおえると、地面につばを吐(は)いて、

ふうっとため息をついて立ち上がった。

「さあ、できた!どう思う?」

アトキンソンはいかにも自慢そうにたずねた。

 

わたしはそのとき初めて、彫(ほ)りこまれた文字を読んだ。

 

ジエイムズ・クレアランス・ウィゼン・ウィゼンクロフト

一八六0年一月十日八生まれ

一九0X年八月二十日急死。

生のなかにも死はあり

 

わたしはしばらくなんにもいえずにすわっていた。

 

それから冷たいものが背筋(せすじ)を駆け下りて身震いした。

この名前はどこでみたのかたずねてみた。

 

「いやあ、どこでみたってわけじゃない。

名前を書かないわけにはいかないから、頭に浮かんだ

最初のやつを彫ったんだ。なんでそんなことを聞く?」

 

「不思議な一致(いっち)というのか、それはわたしの名前なんだ」

アトキンソンは低く、長く口笛をふいた。

 

「日付けはどうだね?」

「生まれた日のほうしかわからないが、それは合っている」

「そいつは奇妙だ!」

 

 

しかしわたしは、ほかにも気になっていることがあった。

そこで、今朝(けさ)のスケッチをポケットから紙を取りだし、

アトキンソンにみせた。

 

アトキンソンの表情が次第に変わっていって、

わたしの描いた男そっくりになった。

 

アトキンソンがつい一昨日(おととい)

「マライアに幽霊なんてものはいやしないといったばかりなんだ」

 

「もしかして、わたしの名前を聞いことがたあるのでは?」

 

「あんたのほうこそ、おれをどこかでみたことがあって、それを

それを忘れていたんじゃないか?」

 

ふたりともしばらく黙って同じものをみつめていた。

墓石に刻(きざ)まれた二つの日付けだ。

片方は合っている。

 

 

「なかに入って、夕食でもどうだい?」

アトキンソンがいった。

アトキンソンの妻は小柄で陽気で、頬(ほお)がふっくらして

赤いところはいかにも地方育ちといった感じだった。

 

アトキンソンはわたしを、絵描きの友だちだと紹介した。

 

外に出てみると、アトキンソンが墓石の上にすわって

タバコを吸っていた。

 

わたしたちは、さっきの話の続きにもどった。

「失礼だと思うのですが」

わたしは口を切った。

「裁判にかけられるようなことをした覚えはありませんか?」

アトキンソンは首を振った。

 

「金にこまってるわけじゃないし、商売もうまくいっている。

悪いことといったら、三年前クリスマスに七面鳥を三羽、

わいろ代わりに貧民救済会の委員さんにあげたくらいで思いつかないな。

そのときの七面鳥も小さかったし」

アトキンソンはちょっと考えていいたした。

 

「ところで、どこにお住まいで?」

わたしは住所をいった。

ここからだと急いでも一時間はかかる。

 

「まあ、なんというか」

アトキンソンがいった。

「おたがい、事実をそのまま受け入れましょうよ。

これからうちに帰る途中で事故にあわないとも限らない。

馬車にひかれるかもしれないし、

バナナやオレンジの皮ならどこでもおちてるし、

はしごが倒れてくることだってある」

 

アトキンソンはありそうもないことを、ずいぶん真剣な口調でいった。

わたしも六時間前なら笑いとばしただろうが、

このときはとても笑えなかった。

 

アトキンソンが

「いちばんいいのは、ここに十二時までいることだ。

一諸に、二階にいってタバコでもすっていればいい。

中の方が涼しい(すず)しいしね」

 

わたしは自分でも驚いたが、ぜひそうさせてほしいと答えたのだった。

 

わたしは、今、アトキンソンと二人でひさしの下の、

天井の低い細長い部屋のなかにすわっている。

 

アトキンソンは小さな油砥石(あぶらといし)で

せっせと道具を研ぎながら、わたしからもらった葉巻をときどきふかしている。

 

いまにも雷が鳴りだしそうだ。

わたしはこれを、開け放った窓の前のぐらぐらする机に向かって

これを書いている。

机の脚(あし)が一本ひび割れていて、アトキンソンは大工仕事も

うまそうで、鑿(のみ)の刃(は)を研(と)いだらすぐに直すといっている。

 

 

もう十一時を過ぎた。

あと一時間もすればここを出ていける。

しかしそれにしても、この暑さは耐(た)えがたい。

頭がおかしくなりそうだ。

 

《私の感想》

 

奇妙で怖いと言い切れない怖さが漂ってきます。

こんな偶然なことはありえないのに、どうしてこんなことが

ありえるのだろうか。

犯人は、人間とは思えない。

目的も分からない。

どうして、奇妙な偶然の一致。

 

≪世にも奇妙な物語≫です。

 

 

W・F・ハーヴィ-

(1885≪4/14≫~1937≪6/4≫)

イギリスの作家

ヨ-クシャアの地方の裕福な家庭に生まれる。

リ-ズ大学で医学部を学ぶ。

 

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