
【三つの話】(和歌山県)
命の価値や、知恵の力について考えさせられる興味深い物語です。
《 あらすじ 》
昔、ある男が村から江戸へ働きに出ていました。

十年一生懸命働いたら、とうとう十両のお金をためることができました。
(やれやれ、これだけたまれば充分だ。この十両をもって女房の待つ村へ帰ろう)
そう考えた男は主人に暇を願い出て、村へ向かって帰り始めました。

その道中、男は不思議な子どもに出会いました。
子どもは「命売ります」と書かれた看板をわきに置いて、道端(みちばた)に座り込んでいます。
(命を売るとは、どういうことだろう)
気になった男は聞いてみました。
「ぼうや、ほんとうに命を売ってくれるのかい」
すると子どもは、
「いや、命を売るわけじゃなくって、命が助かる話を売っているんです。話三つで十両。たった十両で三つの命拾いができるんですよ。どうですか、買ってみますか」
と言いました。
(命が助かる話か・・・)
男はしばし悩んでいましたが、
「よし、その三つの話を売ってくれ」
と買うことにしました。
「ありがとうございます。それじゃあ、この話をよく聞いてください。一つは、«大きな木より小さな木»ということ。二つ目は、«ごちそう食うたら油断するな»ということ。三つ目は、«短気は損気、損気は短気»ということ。これが三つの命が助かる話です」
話を聞いた男は礼を言い、十両を払って子どもと別れると、
「«大きな木より小さな木»«ごちそう食うたら油断するな»«短気は損気、損気は短気»」と何回もつぶやいて話を憶(おぼ)えました。
やがて、まだ村へ着かないうちに日が暮れてきました。

(こりゃあ困った。泊(と)まるところもないし、今夜はこの木の下で寝るとするか)
男は近くにあった、大きな木の根元に腰を下ろそうとしました。

けれど、(ちょっと待てよ。いちばん初めの話は、«大きな木より小さな木»だったな。むこうの方に小さな木があるから、そこへ行って寝よう)
と思い直して、小さな木の根元に移動しました。

夜もふけ、男がうとうとしかけると、ドカ-ンと大きな音がして、男が最初寝床(ねどこ)にしようとしていた大きな木に雷が落ちました。
男はびっくりして飛び起きました。
(あそこで寝ていたら、命を失うところだった。小さな木にして助かった)
朝になると男はふたたび村にむかって歩き出しました。
けれどまた村に着く前に日が暮れ始めてしまいました。
するとちょうど目の前に一軒(いっけん)の家が見えたので宿を頼んでみることにしました。
「わたしは旅のものです。一晩泊めてもらいませんか」

すると、家の主人の主人は言いました。
「そりゃ、お困りでしょう。どうぞ泊まってください」
それから男の前にごちそうを出すと
「せっかくお客さんだ。どうぞお食べなさい」
と言って、もてなしてくれました。

喜んでごちそうになっていた男は、二つ目の話を思い出しました。
「ごちそう食うたら油断するな、ということだったな。こりゃ何か起こるかもしれない」
その夜、男は家の主人に用意された布団には入らず、部屋の隅(すみ)のほうで縮こまって寝ました。
すると夜中に、天井(てんじょう)から大きな石が布団のある場所をめがけてドカ-ンと落ちてきました。
その家の主人は、人を泊めてごちそうを食べさせては、寝ている間に殺してお金を盗(と)る悪者でした。
男はびっくりして飛び起きて、そのまま逃げだしました。
「やれやれ、これでまた命拾いした」
やっと男が村に辿(たど)り着くと、自分の家の障子になんと男の影が映っています。
(女房のやつ、わしの留守に男をこしらえたに違いない。生かしてはおけん)
と、腹を立てたが、三つ目の話思い出しました
(いやいや、待てよ。«短気は損気、損気は短気≫だったな)
そこで家の戸を開けると、優しく女房に声をかけた。
「わしだよ、亭主だよ、お前の亭主だ。十年ぶりに帰ってきたぞ」

「お前さま、お帰りなさい。まあうれしい」
と女房が飛び出してきました。
「お前さまが働きに行ってから、毎日無事を祈ってました。毎晩この人形をお前さまと思って話していたんです」

男が見た影は、女房が男に見立てて作った人形でした。
(ああ、そうだったのか。あやうく怒って女房を殺してしまうところだった)
こうして男は、初めの一つの話で自分の命を拾い、最後の一つの話で女房の命を拾いました。
「三つの命拾いができたんだ。十両は安かったな」
と男はたいそう喜んだそうです。
《 わたしの感想 》
昔話は、興味深いです。
【三つの話】で命が助かるというアイデアは物語の力を感じます。
十両という大金を出してでも物語が命を救う力があるという物語の大きさを感じてしまいます。
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