【も も】(第三部)ミヒャエル・エンデを、読んだ感想!

《あらすじ》第三部

時間貯蓄銀行の本部からは、大都会にいる時間貯蓄銀行員は全て、他の仕事を中断して(モモという女の子の捜索に全力をあげよ。)という指示を受けました。

通りという通りには、灰色の男たちがひしめいていました。要するに、ありとあらゆる所に目を光らしていたのです。

けれども、モモは見つかりませんでした。

カメはさっき町の雑踏の中でうまく道を見つけたのと同じように、今度は何時何処に追っ手が現れるかを、前もって正確に知っているようでした。

二人が通り過ぎたばかりの場所に、一足違いで灰色の男がやって来ることもありました。

今度の通りはこれまでとは、すっかり違う光景です。

想像もつかないほどの昔に海底にたてられたのが、今、突然に地上に姿を現したものらしく、海藻や藻が一面に生い茂り、貝や珊瑚がついています。

そして、建物全体は、真珠貝のように柔らかく七色に光輝いています。中央には素晴らしい彫像を、彫り込んだ緑色の大きな門があります。

直ぐ脇の壁にかかっている道路名の標識を見上げました。大理石で出来ていて金の文字で(さかさまこうじ)と記されています。

モモは、(さかさま小路)に足を入れたとたん、まるで水の中を激しい流れに逆らって進むか、吹いているとは感じられないのに強く押し返す風に立ち向かっているかのように感じます。モモはこの不思議な圧力に逆らって、体を斜めに構え、建物の壁の出っ張りにしがみ付き、ときには四つん這いになって進もうとしました。

とうとう、モモは路地の奥に小さく姿の見えるカメに向かって悲鳴を上げました。「助けてよ!」のそのそとカメは戻って来ました。

モモの前につくと、その甲羅に(ウシロムキニススメ!)という言葉が浮かびました。モモは、後ろ向きになって歩いてみたのです。

すると、何の苦もなく進めますが、何とも奇妙なのです。後ろ向きに、歩いている間、頭で考えることも逆向き、息をするのも逆向き、何かを感じるのも逆向き、何もかも逆向きになるのです。何か堅いものが、背中にぶつかりました。道の奥に、斜めに立っていた建物です。彫像のついた緑の金属の扉が、凄く大きく見えました。

「あたしに、開けられるかしら?」モモは考え込みましたが、どっしりとした両開きの扉はひとりでに開いていました。

扉の上に、また表札には白い一角獣の頭にのったその表札には(どこにもない家)と記されていました。

急いで間をすり抜けて入ると、どっしりした扉は低く地響きを立てて閉まりました。なかは、天井の高い、長い廊下で、左右には一定の間隔をおいて、男と女の裸像が

天井を支えているようです。突き当りの小さなドアの前で、カメはとまりました。モモが体をかがめて、やっと通れるくらいの小さなドアです。

(ツキマシタ)カメの甲羅に文字が浮かびました。モモは腰をかがめて、鼻さきのドアにかかった名札をながめました。

マイスタ-・ゼクトンドゥス・ミスティウス・ホラ(注)

モモは、深く息を吸うと、心を決めて小さな取手に手をかけました。ドアが開くと、チクチク、タクタク、チンチン、ブンブン、カタカタと色々な音の合奏が聞こえてきました。

モモはカメの後について中に入り、小さなドアは後ろで閉まりました。

(注)マイスタ-は賢者にたいする尊称。名前のゼクンドゥスは秒、ミステイウスは分、ホラは時間と、それぞれ時間の単位を意味する言葉が使われている。

大きな会議室に、幹部会の灰色の男たちは集まっていました。端が見通せないほどの長い会議用テーブルに、びっしりと並んで座っています。

鉛色の書類鞄を持ち、どの男も小さな灰色の葉巻を吸っています。ただ、丸い、つっぱった帽子だけは脱いでいて、皆つるつるのはげ頭なのです。

長いテーブルの上座にいる議長が立ちあがり「諸君。」と、口を開きました。

「事態は、深刻だ。モモという女の子の追跡に動員出来る全てのものを、投入した。追跡の間、我々の手下たち自信が消費した時間、獲得しなければならない時間。

この両方の時間損失額は、三十七億三千八百二十五万九千百十四秒になる。諸君、これは、人間一人の一生の時間より多いのだ。女の子のモモは我々の手を逃れてしまった。諸君、こんなことは、二度と起こってはならぬ。再びこんな大規模な時間の浪費を重ねるようなことには、わたしは、断固反対する。諸君にお願いするが、今後のあらゆる計画は、この精神で考えていただきたい。」皆、興奮してささやき交わす声が、列のあちこちであがりました。色々な演説者が立ち上がり、色々な意見の演説をし、猛烈に意見を出し合いました。

「やめたまえ。」議長がうんざりして言いました。「話が、堂々巡りするばかりだ。肝心の子どもには、一向に近づけない。」

幹部の面々から、一斉に落胆のため息がもれました。

「もし、お許しいただけるなら、提案があるのですが・・・」十番目に発言を求めた男がありました。

「発言を認める。」議長が言いました。

その男は議長に軽く頭を下げてから、話はじめました。

「この女の子は友だちを、頼りにしています。自分の時間を他人のために使うのが好きです。我々は、友だちの方を捕まえておくべきでしょう。取り分け重要なのは、道路掃除夫ベッポ、観光ガイドジジ、それから、モモのところに遊びに来る子どもたち、全てのリストも揃っています。諸君、たいした難問ではありません。我々は、これらの人間を、モモの手の届かないように引き離してしまえばいいのです。あわれにも、モモは完全に一人きりになってしまいます。そうなったら、幾ら時間があろうと何になるでしょう。モモは、友だちを取り戻すためとあれば必ず、あの道を教えるでしょう。」

たった今まで、がっくりうな垂れていた灰色の男たちは一斉に頭を上げ勝ち誇った、剃刀の刃のような笑いが口もとに浮かび拍手が起こりました。

その、音は、無限に続く廊下や通路にこだまして岩山の雪崩のように、凄まじく響きわたりました。

モモは、これまで見たこともないほど大きな広間に立っていました。さまざまな大きさと形をした数え切れない時計が並んでいるのです。

宝石の飾りのついた小さな懐中時計、砂時計、人形の踊っているオルゴ-ル時計、チョロチョロ流れる水で回っている時計、壁には色々な種類のハト時計など、らせん階段で上れるようになっています。

地球上のあらゆる地点での時間をしめす球形の世界時計や、太陽、月、星、などの天体儀もあります。いうなれば、時計の森のようにびっしり集まっていて、まさしく時計台のものまであります。ここから生まれる音は、不愉快な騒音ではなく、森で聞こえてくるような、規則正しい気持ちの良い騒めきなのです。

モモはあたりを歩きまわって、この珍しい光景に目を見張りながら、一つ一つ見てゆきました。

不意に、誰かが優しい声で言うのが聞こえてきました。

「ああ、帰って来たんだね。カシオペア!小さなモモは連れて来なかったのかね?」モモは、振り返りました。

銀髪のほっそりした老人が床にいる、カメの方に身をかがめているのが見えました。金の刺繍の長い上着をつけ、青い絹の膝までのズボンに、白い靴下と、大きな金の留め金のついた靴を履いています。袖口と襟元にはレースが上衣から覗いて、銀色の髪は頭の後ろで束ねて小さなおさげに編んであります。

モモほど、ものを、知らない人でなかったら、これは、二百年も昔に流行ったものだということに直ぐ気がついたでしょう。

老人は、カメに「もう来ているって?どこにいるんだね?」そして、小さな金のメガネをとりだし、辺りを捜すように眺めまわしました。

「ここよ!」モモは声を上げました。おじいさんは、嬉しそうに笑いながら、両手をひろげて近づいて来ました。ところが一歩ずつ近づくごとに、若くなり遂に、モモの前まで来て両手をとり、嬉しそうに握ったときには、モモと変わらないほど若返ってしまっていました。

「ようこそ!」その人は楽しそうに言いました。

「(どこにもない家)によく来てくださった。モモ、自己紹介をさせていただこう。わたしは、マイスタ-・ホラゼクンドゥス・ミヌティウス・ホラだ。」

「本当にあたしのことを、待っていたの?」モモは、びっくりして聞きました。

「もちろんだとも!わざわざ、わたしのカメのカシオペィアを送ったんだよ。」

モモが彼の服装をびっくりして眺めていると、

「どうも、少し時代遅れのようだね。わたしとしたことが、とんだ不注意だ!」三度目に指で弾いたとき、要約、普通の背広姿になりました。「これは、わたしのちょっとした遊びでね。お嬢さん。朝食が用意してあるよ。」彼は、モモの手をとり、通り道は迷路のようなところでカメが遅れてついてきます。

テ-ブルの上はコーヒ-カップ、お皿、どれもこれもピカピカの金でできています。マイスタ-・ホラは身振りよろしくモモに食事をすすめました。

これまでの生活では、滅多にないご馳走です。

モモは、不思議なことに、食べるにつれて疲れも消えて昨夜は一睡もしていないのに、爽やかになり元気な気分になりました。

食べれば食べるほど、ますます美味しくなって一日中食べ続けていられそうなほどです。

マイスタ-・ホラは、モモが、ナイフをうまく使えないのを見て取ると、パンにバタ-と蜂蜜をぬって、モモのお皿にのせてやりました。

それでも、とうとうモモはお腹一杯になりました。

「カメに、あたしを連れて来させたのは、何故なの?」モモは、カップを、おきながら聞きました。

「灰色の男たちから守るためだよ。彼らはおまえを、捜しまわっている。安全なところは、ここしかないんだ。」マイスタ-・ホラは真面目な顔で答えました。

「死んだもので、命を繋いでいるからだよ。彼らは人間の時間を盗んで生きている。しかし、この時間は、本当の持ち主から切り離されると文字どおり死んでしまう。

人間は、一人一人それぞれの自分の時間を持っている。そしてこの時間は、本当に自分のものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ。灰色の男は、人間ではない。似た姿をしているだけだ。」

モモは、「どうしているようになったの?」

「人間が、そういうものの発生を許す条件を作り出しているからだよ。それに乗(じょう)じて彼らは生まれてきた。そして今度は、人間は彼らに支配させる隙間で与えている。それだけで、灰色の男たちは、うまうまと支配権を握るようになれるのだ。」

モモは、「もし、時間を盗むことが出来なくなったら、どうなるの?」

「そうしたら、もとの無にかえって、消滅してしまう。マイスタ-・ホラは、「けれど、残念なことに彼らはたくさんの人間の手下を、作っている。困ったことだ。」

モモは、きっぱりと言いました。「自分の時間を誰にも、奪わせたりしない!」

「わたしも、そう願っているよ。さあ、モモおいで。わたしのコレクションを、見せてあげよう。」マイスタ-・ホラは、またきゅうに年をとって見えました。

マイスタ-・ホラは、モモの手を引いて、大きな広間にゆきました。

時計をあれこれ見せたり、オルゴ-ルを鳴らしたり、天体儀の説明をしたりしましたが、モモが不思議な品々を見て喜ぶようすを眺めていると、また若返ってきました。

彼は、歩きながらふと思いついたように、「なぞなぞは、すきかね。けれど、とても難しいよ。解ける人はほとんどいないんだ。」

「すてき。あたし、そのなぞなぞを覚えておいて後で、友だちにやらせてみよう。」

「おまえに答えが分かるかどうか、楽しみだな。よく聞くんだよ。

三人の兄弟が、一つ家に住んでいる。

本当はまるで姿が違うのに、

三人は見分けようとすると、

それぞれ、互いにうり二つ

一番うえは今いない、これからやっと現れる。

二番目もいないが、こっちは、もう、出かけた後。

三番目の、ちびさんだけが、ここにいる。

それというのも、三番目がここにいないと、

後の二人は、なくなってしまうから。

でも、その大事な三番目がいられるのは、

一番目が、二番目の兄弟に変身してくれるため。

おまえが、三番目をよく眺めようとしても、

見えるのは他の兄弟の一人だけ!

さあ、言ってごらん、

三人は、本当は一人かな?

それとも二人?

それとも、誰もいない?

さあ、それぞれの名前を、あてられるかな?

それが出来れば、三人の偉大な支配者が分かったことになる。

三人は一諸に、大きな国を治めている。

しかも彼らこそ国そのもの!

そのてんでは三人は皆同じ。」

マイスタ-・ホラはモモを見て元気づけるように頷いて見せました。

モモは、とても素晴らしい記憶力をもっていたので、今ゆっくりと一言一言、繰り返して言ってみました

「うわぁ!本当に難しい!ちっとも分からない。どこから手をつけていいか。」その間に、カメがきてマイスタ-・ホラの横に座ってモモを一心に見上げています。

「カシオペィア、おまえは三十分先のことまで分かる。モモは謎を解くかな?」「トキマス!」と、カシオペィアの甲羅に文字が浮かびました。

モモは、あれこれと考え、どれも直ぐ行き止まりになって、先に進めないのです。「一番うえは今いない。これからやっと現れる・・・」というところまできたとき

モモは、カメが目配せしているのに気がつきました。カメの甲羅に「ソレハ ワタシノシッテイルモノ!」文字が浮かんで消えました。

「黙っていなさい、カシオペィア!」マイスタ-・ホラはにやりとして言いました。モモは、カシオペィアが知っているものって?これから起こること・・・

「未来だ!」と、モモは大声を出しました。マイスタ-・ホラは、頷きました。

「すると二番目は、今はいなくって、もう、出かけた後。すると、過去!」

マイスタ-・ホラは、また頷いて嬉しそうに、にっこりしました。

「三番目は、何かしら?三人のうちで、一番小さい、でも、これがいないと、二人はいられない。そして、今ここにいるのは、これだけ。」モモは、暫く考えて、急に大声で叫びました。「今のことだ!今、このとき!過去は過ぎ去ってしまったときのことで、未来はこれからくるときのことだもの!だから両方とも、現在がないわけだ。」モモは嬉しさで、頬が燃えだしました。そして続けます。

「その大事な三番目がいられるのは、一番目が二番目の兄弟に変身してくれるため。つまり、未来が過去に変わるからこそ、現在っていうものがあるんだ!」

モモは、マイスタ-・ホラはの方を、驚いたように見ました。

「でも、謎は残っているよ。三人が一諸に治めている国というのは?しかも三人は、その国そのものだというんだよ。」

モモは、途方に暮れ、過去と現在と未来、これを皆一諸にすると?モモは大きな広間を見渡しました。視線が、何千何万という時計を、さ迷いました。

すると、突然目がパッと輝きました。「時間!」とモモはは叫んで両手を打ち合わせました。

モモは、嬉しさの余り、二、三回飛びはねました。

「それじゃ、三人の住んでいる家とは何か、その答えを言ってごらん。」マイスタ-・ホラはたたみかけました。

「この、世界のことよ!」

「でかしたよ!」今度はマイスタ-・ホラが叫んで手を叩きました。

モモは、心の中でチョッピリ、謎を解いたのをマイスタ-・ホラが、どうしてそんなに喜ぶのか不思議に思いました。

二人は、時計の広間をまた歩きはじめ、マイスタ-・ホラは、もっと、ほかの珍しい品々をモモに見せてくれました。

でも、モモには、さっきの謎々が、こびりついています。「あたしの知りたいのは時間そのもののこと。時間て、何かなんでしょ。確かに時間ってものはある。本当は、何なのかしら?」モモは、思いに沈み考えました。

マイスタ-・ホラは、「一つ、おまえに秘密を明かそうと、思うのだがね。ここの(さかさま小路)(どこにもない家)は、あらゆる人間の時間のみなもとなのだよ。」

「人間は自分の時間をどうするかは、自分で決めなくってはならないからだよ。だから、時間を盗まれないように守ることだって、自分でやらなくってはいけない。

わたしに出来ることは、時間を分けてあげることだ。」

モモは広間を見渡しながら、尋ねました。「沢山の時計があるのは、全部の人間に一つずつあるんでしょう?」

「モモ。この時計はわたしが趣味で集めただけなのだ。時計というのはね、人間一人一人の胸の中にあるものを、極めて不完全ながらも真似てかたどったものなのだ。人間には時間というものを、感じるために心というものがある。でも、悲しいことに、何も感じ取れない心をもった人がいるのだ。」

「すると、もし、あたしの心臓がいつか鼓動を、やめてしまったらどうなるの」

「そのときは、おまえの時間もおしまいになる。おまえ自信は、おまえの生きた昼夜と年月の全ての、時間を坂昇ってゆく、と。人生を逆に戻っていて、ずっとまえに、くぐった人生への銀の門に最後にはたどりつく。そして、その門を今度は、また出ていくのだ。」

「その、向こうは何なの?」

「おまえが、これまで、何度もかすかに聞きつけていた、あの音楽の出てくるところだ。今度は、おまえも、その音楽に加わる。おまえ自信が一つの音になる。」

モモは、「あなたは、死なの?」

マイスタ-ホラは、微笑んで暫く黙っていましたが、やがて口を開きました。

「もし、人間が死とは何かを知ったなら、怖いとは思わなくなるだろうね。そして、死を、おそれないようになれば、生きる時間を人間から盗むことは、誰にも出来なくなるはずだ。」「そう、人間に教えてあげればいいのに。」「わたしは、時間を配るたびに、そう言っているのだがね。人間は耳を傾ける気にならないらしい。死を怖がらせる話のほうを、信じたがるようだね。これも分からない、謎の一つだ。」

「あたしは、怖くない。」マイスタ-・ホラは、、ゆっくりと頷いてモモを長いこと見つめ、こう尋ねました。

「時間のみなもとをみたいかね?」

「はい。」モモはささやくように答えました。

「だが、あそこでは沈黙を守らなくってはいけない。何も聞いてはいけないし、ものを、言ってはいけない。それを、約束してくれるかね。」

モモは、黙って頷きました。

すると、マイスタ-・ホラは腰をかがめて確りモモを抱え上げ腕に抱きしめました。

その姿は急に大きく、言いようもなく年をとって見えました。でも、普通の老人のようではなく幾千年もの年をへた大木か、切り立った岩山のようです。

彼は手でモモの目をふさぎました。長い道のりでしたが、やっと、モモは降ろされました。直ぐ、目のまえにマイスタ-・ホラの顔があって、大きな目で見つめながら、指を

唇にあてています。それから、彼は体を起こして後ろにさがりました。

金色の薄明かりが、モモを包んでいました。自分が大きなまん丸い、丸天井の下に立っているのが分かってきました。大空と同じくらいあろうかと思えるほどの大きさです。

しかもそれが、純金でできています。天井の一番高い中心に、丸い穴があいています。そこから光の柱が真っ直ぐ下におりていて、その真下には、やはりまん丸い池がありその黒々とした水は、まるで黒い鏡のように滑らかで、じっと動きません。水面に近いところで、明るい星のような光のなかで煌めいています。ゆったりとした速度で動いているのですが、よく見ると、黒い鏡の上をいきつ、もどりつ、している大きな振り子でした。まるで重さのないもののように、宙をたゆたっています。振り子は、池のヘリに近づいていきました。水面から大きなつぼみがすっと、伸びて、振り子が近づくにつれてやがて花がすっかり開いて水のおもてに浮かびました。

モモは、想像もさえしたこともない、光り輝く花の光景に全てを忘れて見入りました。その、香りをかいただけでも、ずっと憧れ続けてきたもののような気がしてきます。

振り子が、遠ざかるに連れて、驚いたことに美しい花はしおれはじめました。花びらが一枚一枚と散って、暗い池の底に沈んでゆきます。

モモは、二度と取り戻すことの出来ないものが永久に消え去ってゆくのを見るような悲痛な気持ちがしました。

また、べつの、つぼみが水面から浮かびます。けれども、やがてまた振り子は、向きを変え花は盛りを過ぎて一枚ずつ花びらを散らして、黒々とした池の底知れぬ深みに消えてゆきました。これこそ、全ての花のなかの花、(唯一無比の奇跡の花です!)モモは、声を上げて泣きたい思いでしたがマイスタ-・ホラの約束を思い出してじっと堪えました。

モモは、花が次から次へと咲いては散ってゆくのを眺め、いつまで見ていてもみ飽きない眺めです。

今までは、気がつかなかったのですが、丸天井のまん中から差し込んでいる光の柱は光として目に見えるだけではありませんでした。

モモはそこから音も聞こえてくる、ことに気がついたのです!よく聞いているといるうちに、数え切れないほどの種類の音が響き合って、たえず新しく互いの音を変え、たえまなく新しいハーモニ-を作りだしています。モモは、まえによく、煌めく星空の下の静けさにじっと耳を傾けていたとき、密やかに聞こえてきた音楽がこれだったのです。

ところが、今度は一つ一つの音がはっきり澄み渡ってきました。人間の声では金、銀、あらゆる種類の金属が歌っているような響きです。やがて、言葉が聞きとれるようになりました。一度も聞いたことのない不思議な言葉ですがモモには、分かります。それは、太陽と月とあらゆる惑星と恒星が、自分たちそれぞれの名前をつけている言葉でした。

そして、それらの名前こそ、ここの(時間の花)の一つ一つを誕生させ、再び消えさせるために、星々が何をしているのか、力を出し合っている鍵となっているのです。

そのとき、モモは突然、悟りました。これらの、言葉は全て自分に語りかけられたものなのです。全世界が、遥かかなたの星々にいたるまで、たった一つの巨大な顏となって

モモの方を向き、じっと見つめて話かけているのです。怖ろしさよりも、もっともっと大きな何かが、モモを圧倒しました。

その瞬間、手招きしているマイスタ-・ホラの姿が目に入りました。モモは、駆け寄りマイスタ-・ホラに抱き上げられその胸に顏を埋めました。

再び彼の手が雪のようにふさぐと、全ては暗く静かになって不安は消えました。時計の隙間の小さな部屋に帰りつくと、彼はモモを気持ちの良いソファ-に寝かせました。

「マイスタ-・ホラ」モモはささやきました。「あたし、ちっとも知らなかった。人間の時間があんなに、大きいなんて」

「おまえの見たり聞いたりしたものはね、モモ、あれは全部の人間の時間じゃないんだよ、おまえだけの分の時間なのだ。あそこに行けるのは、わたしに抱いて貰える人だけだ。それに普通の目では、あそこを見ることは出来ない。」

「でも、あたしの行ってきたところは、いったい何なの?」

「おまえ、自信の心の中だ。」マイスタ-・ホラはそう言って、モモのしゃもしゃもの髪を優しくなでました。

「マイスタ-・ホラ、何もかも友だちに話たい。あそこで聞いた声を、歌って聞かせられるといいな。そうしたら、何もかも、またよくなると思うわ。」

「いいかね。地球が太陽を一廻りする間、土の中で眠って芽をだす日を、待っている種のように、待つことだ。言葉がおまえの中で熟しきるまでには、それくらい長いときが必要なのだよ。それだけ待てるかね!」

「はい」モモはささやくように答えました。

「それでは、おやすみ。」マイスタ-・ホラはモモの瞼をかるくなでました。「眠るのだよ!」

モモはふかぶかと、幸せそうに息を吸うと、直ぐに眠りに落ちてゆきました。

《わたしの 感想》

大都会のどこかには、四次元の世界への通路のような、

だれも知らない不思議な地区があるような気がします。

次回 第三部-①を宜しくお願いいたします。